第六章 白銀世界の攻防






 空は薄暗く、大地は白く覆われ、凍てついた風が吹きすさぶ世界。そんな悪天候の中、とある岩山に幾つも点在する獣の影があった。

『こちらヴェロッサ。指定位置についたよ』
『同じくシャッハ。いつでも開始できます』

 岩山のふもと周辺には多くの白く染まった木々があり、そこに出来た死角に紛れる影が二つ。

『はい、こちらも準備完了です!』
『同じく大丈夫です!』

 そして、岩山の頂上付近にも、身を潜めている影が二つあった。

「カリムさん大丈夫やろか」
「ここより全然安全だから大丈夫だよ。それに、僕達が事態を収束すればカリムさんに危険は及ばない。だから絶対に成功させよう」
「そやね!」

 二人が心配するカリムは、ヴェロッサ達の指示に従って一番遠い場所、結界の境界付近に待機している。安全の確保という意味合いもあるが、結界が解けた瞬間に外部と連絡を取るという役割も担っていたのだった。
 少しずつ高まる緊張感を解す様に、はやてはゆっくりと息を整える。
 クロノという上司のバックアップサポートがない、初めての実戦。それもロストロギアに関する事件。
 緊張で震える左手を右手で押さえ、はやては遠くに広がる世界を見渡す。話に聞いていた美しい世界を取り戻す為にも、失敗は許されない。そう意気込んではやては強張った表情でユーノに合図を送った。

『開始の合図はヴェロッサさんにお任せします』
『了解』

ヴェロッサは意気揚々と応えた。その視線は洞穴から外れる事なく、僅かな動きも逃がさない様に観察している。

「ロッサ。作戦概要は手順通り行わないと周りに被害が出ます。慎重に行きましょう」
「分かってるさ。まずは僕の猟犬が竜をおびき寄せて外へ出す。シャッハはそのまま引きつけて逃げる。僕とはやてとユーノが中で竜の住処を占拠。で、一頻りして帰ってきた竜を住処への通路で攻撃、殲滅と」

 ヴェロッサが軽く作戦のあらましを説明すると、簡単なもんさ、と足元にいる猟犬の頭を撫でる。
 シャッハは肩を落としながらも、やや厳しい視線をヴェロッサへと向けた。

「恐らく、全力でいっても五分が限界です。ですが分かっていますね? 私たちの目的は──」
「分かっているさ、もちろん。五分も稼いでくれれば十分」

 そう答えるヴェロッサの視線が、洞穴より少し上、はやてたちがいる場所へと向けられる。

「そう。では始めましょう」

 シャッハが自分のトンファーを手に取り、洞穴を睨む。

『さーて、作戦開始だ!』

 間髪を入れず、ヴェロッサが勢い良く言い放つと、周りで大人しくしていた猟犬は主であるヴェロッサを離れ、シャッハを中心にして展開し目指すべき洞穴へと向かっていった。


     ◇     ◇


「これは……見事なものだね」

 竜を外へと連れ出すという作戦の第一段階が無事に済んだ後、はやてとユーノと共に洞穴の奥に足を踏み入れたヴェロッサは感嘆の息を漏らした。
 そこは外の白銀の世界とは違う、言うなれば青く彩られた氷の世界だった。

「急ぎましょう。凍らされた人達をここに運んでください」

 シャッハの稼いでくれている五分間を無駄にしない様、直ぐ様ユーノは転送魔法の詠唱を開始した。
 はやては素早く、氷漬けにされている人を移動させ始め、それに倣ってヴェロッサも、注意深く周りを観察しながら手伝いを開始した。

 三分と経たない内に、十人程の氷塊が一箇所に集まると、詠唱を終わらせたユーノが魔方陣を展開した。この場が戦場になる可能性があるので、凍らされた人々をこのまま村へと転送する…………それが作戦の第二段階。
 しかし、作戦は順調にいっている筈だったのに、ユーノは詠唱を中断した。ヴェロッサが魔方陣の中へと入り、一つの氷塊の眼前で足を止めたのだ。
 突然の行動に、はやてとユーノは目を丸くする。

「ヴェロッサさん、どうしたんですか?」

 ヴェロッサの前に佇む氷塊。その中にいたのは、写真で見た女の子だという事にはやては気付いた。

──あの女の子がどうかしたのだろうか?

 ヴェロッサはその子の頭部にそっと手を置き、目を閉じる。
 すると、その手は緑色に光り出した。

「何をしているんですか?」

 不可解なヴェロッサの行動に、ユーノが疑問を投げかけると、ヴェロッサは空いたもう一方の手で人差し指を口に当てる。
 意識を集中させているのか、周りにある空気がどんどん張り詰めていく。その様子を二人はただ見守る。そして、数十秒と経たない内に手を離した。

「おまたせ。転送をお願いするよ」

 ヴェロッサが、ユーノの展開する魔方陣から離れる。

「あの──」
「ほら、早くしないとそろそろ時間じゃないのかい?」

 ユーノは疑問を持ちつつも、転送の詠唱を口にする。すると、その場にあった凍った人々は魔方陣から放たれる光に包まれ、やがてその姿を消した。
「後は竜を倒すだけだね。頑張ろう、二人とも」
「えぇ……」
「そう……ですね」

 ヴェロッサの行動がいまいち腑に落ちない二人は、曖昧な頷きを返す。その態度に、ヴェロッサは困った様に苦笑いを零した。

「本当に何も無いよ。ただ、あの氷塊の状態が分かるように、トレーサーみたいな物をつけただけさ。転送先で何かあった時の為にね。あの氷の状態を知っていれば、何かと都合がいいだろう? 竜を退治して、この世界を救った時とかね」
「なるほど……」
「確かに。その方がいいかもしれないですね」

 ヴェロッサの言葉に、二人は表情を引き締めて、外へと続く穴を凝視した。
 そして次の段階の準備に取り掛かる。ユーノは設置型の拘束魔法を詠唱して、はやても魔力を溜める為に集中し始める。

『シャッハ、作戦第三段階だ。一気に決めよう』
『りょうッ……かいッ!』

 余裕のないシャッハの返事を聞き取ると、三人は一気に体を強ばらせた。そして、数秒後──シャッハの姿と、洞窟が揺れる程の地響きと、咆哮を伴って白銀の竜が姿を現した。

「シャッハ! こっちだ!」

 ヴェロッサの声がする方、広い空間の入口脇にある岩陰へ飛び込むシャッハ。

「ラウンドシールド!」

 ユーノは間髪を入れず、三重にシールド魔法を発動した。そして、とても大きな激突音が空間いっぱいに響く。その間にシャッハとヴェロッサは洞窟の奥へと『一瞬』で移動した。

「ここだっ!」

 その間に、ユーノは続けて次の魔法を発動する。
 このシールドで竜の突進を防げるとは思っていない、ただ数秒の足止めになればいい。ユーノが次に発動したそれは、巨大な三角錐のクリスタルケージで、シールドに阻まれて止まっていた竜を閉じ込めた。
 竜は直ぐ様ケージの中で暴れる。その前足から繰り出される攻撃はとても強力で、二度ケージを殴るだけでヒビが入り始めていた。
 しかし、ユーノ達が考案した作戦は、そのクリスタルケージが壊れる事も見越してある。すでにこの時、竜の進行線上で、はやてが魔方陣を展開していた。
 そして、竜がゲージを破ったと同時、はやては杖を前方へと向けて叫んだ。


「クラウ──ソラス!!」







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