私はディアーチェのもの 文章サンプル 








「こら、起きんか!」
「うーん……あと十分だけ寝かせてくださいー」
「許可するわけがなかろう! ほら、さっさと起きろ!」
「うーー!! 寒いですー!」

 温かい毛布に包まれてささやかな幸せを噛み締めていると、ディアーチェは布団を思い切り引き剥がしました。
 途端、身震いしてしまうほどの寒さが私を襲い、反射的に布団の上で丸まってしまいます。
 毛布の温かさが恋しくて目を少しだけ開けると、ディアーチェが呆れた顔で私を見下ろしていました。

「もう冬に入り始めているからな。朝食の用意がもう少しで出来上がる。それまでに起きてくるんだぞ!」

 そう言って踵を返すディアーチェ。
 あまり思考の働いていない私は、冬の朝の空気に晒され、すでに冷えてしまったであろう毛布を見つめることしか出来ませんでした。



「おはようございます。ディアーチェ」
「おはおー……ぅ」
「む。だらしないぞレヴィ。朝の挨拶くらいはしゃきっとせい」
「おあ……にょーぅ……」
「はぁ……。朝食はもう出来ているぞ。シュテルよ、レヴィを連れて顔を洗ってこい」
「御意に」
「頼んだぞ…………して、ユーリはどこだ?」
「部屋に声をかけても返事がなかったので、てっきり起きてるものかと……ついでに起こしてきましょうか?」
「いや、それには及ばん。仕方ないが我が起こしてくるとしよう…………おい、何を見ている?」
「いえ。王を目覚ましに出来るのはユーリくらいですね」
「たわけ。我が作った朝食ぞ? 冷めて不味くなってから食べられるというのが我慢ならんだけだ。下らんことを言ってないで、さっさとそこで丸くなってるレヴィを連れて行け」
「はい」
「まったく……。さて、行くか────」



「ユーリ。まだ起きてないのか? 入るぞ? ってまた布団に包まってるのか!? ──まったく。仕様のない奴よ。ほら、ユーリ。朝だぞ。起きろ」
「……んー」
「起きよ、ユーリ。寝惚ける前に起き上がるのだ。そうすれば幾分か眠気も取れるからな」
「ふぁ……ディアーチェ……おやようごじゅー……」
「寝るなー!!」
「さみゅいですー!」
「まったく……ほら、まずは起き上がれ。あぁ、上着の裾が捲れているではないか。ほら、パジャマを脱いでこれを着ろ。昨晩アイロンをかけていたやつだからパリっとしておるぞ」
「ふぁい」
「イマイチ信用ならん返事だな……っておい。貴様ら、何を見ている」
「いえ。別段、特別なものは。そうですよね? レヴィ」
「そーそー! 王様がユーリの世話役なのはいつものことだしねー!」
「ディアーチェ、できましたー」
「あぁもう、パンツが前後逆ではないか! 貴様、確実に寝ぼけてるであろう!? ほら、ちゃんと立て!」
「さすがは我らが王ですね」
「ユーリの面倒は王様にしか見れないねー!」
「ふにゃー、ディアーチェくすぐったいですー」
「────ッ!! 貴様ら全員食卓につけー! 朝食が冷めるであろう!!」
「はい」「ほーい」「はいー……あ、ディアーチェ」
「……なんだ?」

 ディアーチェの叫びで完全に目を覚ました私は、居住まいを整えて頭を下げました。

「毎朝ありがとうございます」
「ふん。我に仕える者の面倒を見ることは、王として当然の責務よ」
「…………はい!」

 私の返事に満足したように頷くと、ディアーチェは部屋を後にしました。
 文句や悪態をつきつつも、面倒見が良いディアーチェの事が、私は大好きです!



「やっぱり王様の作るご飯は美味い!!」
「こら、行儀よく食べんか!」
「この厚焼き玉子……何か入ってますね」
「お、さすがはシュテル。気付きおったか。これはだな────」

 得意気に今日の手の込んだ部分を説明するディアーチェ。
 何でも美味しく、楽しく食事を摂るレヴィ。
 行儀よく、綺麗なお手本のように食事をするシュテル。
 こんな感じで始まる、いつも通りの毎日。
 こんなに緩やかで、幸せな日々が過ごせるとは思っていなかった私──こと、ユーリ・エーベルヴァインは今、海鳴の街で暮らしています。
 エルトリアの復興も目処が立ってから、私たちは生まれ故郷であるこの海鳴市へと戻る事を決めました。
 この世界を旅立ってから、一ヶ月後の世界へ戻ってきた私達。
 なのは、フェイト、そして夜天の主であるはやてに挨拶に行った時は……戻ってきたことに大変驚かれました。
 驚いたといえば一つだけ……残念な事がありました。
 もうこの世界に、リインフォースはいないようです。
 私達がエルトリアに発ってからすぐに、空に還ったのだとはやてに教えられました。
 それを聞いてとても気落ちしましたが、はやてが笑っているので私達はそれ以上の事を聞いていません。
 この時代に生きる人々もとっても優しく、私たちは不自由のない生活を送れています。
 時には嘱託魔導師として駆り出されることがありますが、お金を貰っている以上は働かないといけません。
 働かざるもの食うべからず。世知辛い世の中というものを経験しています。
(ちなみに悪ふざけで一回だけシュテルとなのはが入れ替わって任務をこなした時、あまりにスムーズにシュテルが事件を解決したため、以降のなのはに対する期待とプレッシャーが高まったとか。本当に世知辛いですね)
 
 そして、この街にやってきて半年が過ぎました。
 夏の暑さもすっかり鳴りを潜め、木枯らしが吹き始める秋の終わり、肌寒い季節が来ることを考えると、この世界に『生まれた』時の事を思い出します。

 何もない暗闇の中、逃れられない呪縛に絡め取られていた私。
 そこに差し込んだ一条の光。
 闇を切り裂き私を救ってくれたのは────夜明けを彩る紫天の光。
 数多くの人達が協力して、私を解き放ってくれました。
 その中でも特に、私を救ってくれた恩人にして私の王子様、ディアーチェ。
 赤い糸ならぬ、紫の絆。
 白馬の王子様ならぬ、紫天の王。
 これはもう、きっと出会うべくして出会った二人です!
 だから私は、どこへ行ってもディアーチェが恥ずかしくない立派なレディになる為に……日々、努力をしています。
 ──それでもやっぱり朝は弱いですが。

「うっほー! これなんだろ!? 凄く美味しそう! 食べてみたいなー!!」
「こら、レヴィ。行儀が悪いですよ」
「ごめんごめん。でもあのケーキすごいー! でかくて丸くて……いち、にー、さん……四段重ねになってるよ! 中にイチゴとか入ってるよ!」
「分かったから、食事時くらいは落ち着かぬか!」
「あんなものがこの世にあるなんて……やっぱりこの世界は素晴らしい! 戻ってきて良かった……」

 食事時でもレヴィがいればいつも騒がしいのですが、やはりBGMとしていい仕事してるのはテレビだと思います。
 あくまでBGMとして、なので内容はほとんど聞いていませんが、たまにこうやって話題を提供してくれます。
 正直な所、交通情報とか事件とか言われても、私達にはよく分かりません。
 ですが────

『ただ今紹介しましたのは超有名なケーキパティシエによるクリスマスケーキの紹介でした!
 続きましては、街のクリスマス装飾にも負けずに街をきらびやかに彩る洋服たちの紹介でーす!
 ファッション業界でもクリスマスに向けて気合いが入ったものが登場しますよー!』

「わー! 可愛いですー!」

 思わず口にしてしまったファッション系の話題については話は別です。
 仕事が無い日は、暇つぶしにテレビをよく見ているので、自然と興味は服の方へと向いてしまうのは仕方がありません。
 考えてみれば、みんな一日好きなことをして過ごせと言われたらバラバラに過ごす気がします。
 レヴィはゲームか睡眠。シュテルは読書か散歩。私はテレビ。ディアーチェは……家事、特に料理研究でしょうか。

「ユーリはこういう服が欲しいのか?」
「欲しい……と言うよりは、あんな服が似合う素敵な大人になって、それから着てみたいです!」
「なんだ、結局着たいのではないか」
「ユーリならきっと可愛らしく着こなせるでしょう」
「シュテルも、きっと似合うと思いますよ?」
「いえ、私にはああいう『ふわふわ』したような服は似合わないでしょう」

 シュテルが澄ました顔で答えてますけど、実はなのはと一緒に洋服屋に行って買い物をしているのを私は知っています。
 シュテルもやっぱり女の子ですからね。そういう事を気にしたりしますよね。
 あまり表情に感情は出ませんが、行動を見ているとやっぱり可愛い女の子だと思います。

「なるほど。シュテルはふわふわしてなければいいのか」
「機能性があれば、着る服は基本何でも構いません」
「そうかそうか。レヴィ。お前はどうなのだ?」
「美味しければ何でもイケる!」
「誰も食べ物の話はしていませんよ。レヴィ」
「え? そーなの? ケーキの話は?」
「していません」
「そうなのか……」

 シュテルとは対照的に、肩を落としたレヴィは全く洋服に興味を持ちません。ですが、ディアーチェが作ってくれた服だけは、着始めから一週間は脱がなかったりします。
 常識的には汚いと思ったりしますけど、それだけ気に入っているようであれば作り手のディアーチェとしては製作者冥利に尽きるでしょう。
 ある意味欲望に忠実で、良くも悪くも好きなものに真っ直ぐなのがレヴィです。

「ボクは王様が作ってくれる服ならなんでもいいかな? 王様ならボクに合った服作ってくれるし」
「ということらしいですが……ディアーチェ?」

 シュテルがディアーチェへと顔を向けると、何だか上の空でブツブツ呟いているディアーチェがいました。何を思いふけっているのでしょうか。

「わざわざ独り言を言うふりをして、恥ずかしさを紛らわせなくてもいいと思いますよ?」 
「違うわ!!」
「何を呟いていたのですか?」
「…………そういえば今日は何をするのだ?」

 誤魔化した!
 最近ディアーチェは、都合が悪くなるとよく話をすり替えるようになりました。

「ゲーム!」
「私は図書館へ行って本を返そうかと」

 ディアーチェがこうなったら、これ以上話を続けても不毛だと理解しているので、シュテルは大人しくディアーチェの作った流れに乗ったみたいです。
 ちなみにシュテルは図書館の帰りに公園で野良猫と戯れる予定であったりもします。本人はバレてないと思ってるようですが、帰ってきたら服が結構毛だらけになってるので一目瞭然です。
 家に帰ってきた時のシュテルの様子を思い出していると、ディアーチェから声がかかりました。

「ユーリはどうなのだ?」
「私は……特にすることがないので散歩に出かけようと思います」
「なんだ、今日の仕事は我だけか。ならばさっさと行くとしよう。レヴィ、留守の間は頼んだぞ」
「まっかせてー! ドロボーとか退治しちゃうよー! ドロボー来ないかなー」

 瞳をキラキラと輝かせながらレヴィは物騒な事を口にしています。
 ですが、この世界の普通の泥棒なんて私達の敵ではないので、『そういう意味』では心配をしていません。
 そんな事よりも心配しなければならないのが────

「レヴィよ」
「なーに? 王様」
「『大人しくして』留守番をしていろ。いいな?」

 背後に漆黒の闇を纏いながら、有無を言わさないような笑顔で念を押すディアーチェ。
 一番の心配は、泥棒退治という遊びに興じて、レヴィが家を壊してしまう、その方にありました。

「…………はーい」

 不満そうに朝食へと戻るレヴィ。
 ディアーチェは続いて私に顔を向けました。

「ユーリ。散歩に出る時は『くれぐれも』よろしく頼むぞ」
「はい!」

 戸締り、火元を確認、ブレーカー確認、極小規模結界発動。
 これは侵入者が現れた時用ではなく…………レヴィが万が一にも暴れた時の保険です。

「シュテルも、良いな?」
「はい。住む場所がなくなるのは困りますから」

 この家にやってきて一週間もしないうちに起こしてしまった数々の出来事を思い出し、私達は笑顔でご飯を貪っているレヴィを視野に収め、小さく溜め息を漏らしました。








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