藤林 杏  誕生日SS





「おい、杏!ちょっとま──」

「こんの……馬鹿朋也〜!!!!!」


弁解をしようとする間もなく、杏のコブシが朋也の顔面を捉えた。






──事の始まりは数分前。




「ねぇねぇコレなんか朋也によく似合いそうじゃない?」


杏が手にしたのは白地で真ん中にチワワのカラープリントがされているTシャツだった。


「杏、確かに可愛いTシャツだが……これを俺が着て似合うのか?」

「もっちのろんよー」


杏は笑顔でそう答える。その笑顔は真っ直ぐに朋也を見据えている。


「やってられん。他のにしてくれ」

「んもーさっきから選ぶもの全てに文句つけて〜せっかくこの私が買い物に付き合ってその上あんたの服まで選んであげてるというのに〜!!」

「なら俺に合うような服を選んでくれよ! さっきから思いっきりお前の趣味じゃねーか!!」

「何よ。悪いわけ? 彼女の趣味にケチつけるなんてあんた何様?」

「少なくとも試しとはいえおかしな服を強引に着せられた俺の身にもなってみろ!!」

「何よ〜!! ちょっとお試しで着るくらいいいじゃない!!」

「店員さんに思いっきり笑われてたじゃねーか!!!」

「思いっきりじゃないわよ! 後ろ向いてクスクスしてただけじゃない!」

「俺にとっては大してかわらねぇー!!」

「あれくらいで腹を立てるなんて……陽平並に器が小さいわよね〜」


杏はいつものように使い慣らされた言葉で朋也を挑発する。

そして、何回使われようがそんな言葉を出されて黙っていられるほど朋也は大人ではなかった。


「……おい、杏。今なんつった?」

「いや〜ね〜〜? せっかく彼女が選んでくれた服なのに腹を立てるなんて、陽平と同じくらい? いや、それ以上に器が小さい
わよね〜って言っただけよ」

「てめぇ……上等だ! ……なんて乗ると思ったか!!!」


しかし、すぐにいつもの乗せる手段だと気付いた。


「あら? 珍しく乗ってこないわね?」

「いつまでも同じままでいられるか! いつまでも同じネタで通用すると思うなよ!」

「それは残念。朋也って結構単純だからさー♪」

「それはお前だってそうだろう? いや、俺よりたちが悪いかもしれないな。なにせお前は呆れるほどに頑固で妄想が激しくて何より手が早い。」

「な、何よ。別にいいじゃない! あんたがそんな子を好き選んで付き合ってるんでしょ!」

「さぁーどうだったっけかな〜?」

「選んだでしょ!!」

「記憶にございません」

「選んだんだから……」

「ん? 何?? 何か言ったか? お? これ何かお前にぴったりじゃないか?」


と言って朋也は狐のイラストが描かれている服を手に取る。


「へぇー朋也にしては中々可愛いもの選ぶじゃない♪ でも何で私にぴったりなのよ?」

「だってお前、椋に化けてたじゃん?」

「え……」

「まー最初は全く気づかなかったけどよくよく考えてみれば気づいたほうが凄いわけで。あれも化けるってことに……ってどうした? 杏?」


視線を戻すと、杏がわなわなと震えていた。

顔は俯いていてその顔は見えない。

力いっぱいこぶしを握りしめているようで、その右手も微かに震えている。

そして、右手を大きく振りかぶった。


「こんの……」

「おい、杏!ちょっとま──」

「こんの……馬鹿朋也〜!!!!!」





    ◇    ◇




「ということなんだよ。訳わかんなくね? っておい聞いてんのか?」


機嫌が直らないまま朋也を放置して杏が帰ってしまったので、仕方なく春原の部屋で時間を潰すことにした。


「来て早々いきなり何を言い出したかと思えば……惚気っすか」

「あ? 何だ? ラグビー部の部屋に爆竹送り込まれたいって?」

「いきなり脅迫かよ! そんなことするなよ!! 僕の平和な寮生活をぶち壊しにしないでくれよ!!!」

「じゃー聞け」

「あーはいはい、聞いてるよ。つまりはあれだろ? 惚気を僕に聞かせに来たんだよね?」

「…………」


朋也は無言で先ほど持ち込んだビニール袋に手を入れ、ライターと爆竹を取り出す。


「わーーー待った! 待ってくれ!」


その様子を見て、瞬時に本気だと感じた春原は慌てて朋也の腕に飛びつき、ライターを引っ手繰った。

が、そんな事も予想の範疇だった。

だから代わりのライターはポケットにも入ってるわけで。

もう一つのライターを取り出し、春原に自慢気に見せびらかす。

春原が安堵の顔からすぐさま愕然とした顔に変わった。


「待ってくださいお願いします。この哀れな駄馬にご慈悲を。はい」


そう言って春原を見下した。

いつもとは一味違う春原へのスキンシップ。それもそのはず、何せ虫の居所が悪いのだから。


「くっ。ま、待ってください……」

「その先は?」

「う、こ……この哀れな──」

「あーもうどうでもいいや。そんな気分でもないし」


言いかけた春原を手で追い払い、いつもの場所に寝転がる。

その様子から春原は諦めてくれたのかと悟り、先ほどの話題に話を戻した。


「で? 岡崎は、こんなこと僕に話してどうして欲しいわけ??」


春原の問いに朋也は体を起こし、


「首を縦に振って『うんうんそうだよね〜』と言えばいい」


と、提案した。


「まーそんなんで僕の安息が約束されるならいくらでもいってやるさ。何て僕は友達思いな奴なんだろうね♪ ははっ」


そんな事を言っている春原の言葉を聞き流し、朋也は少しばかりの愚痴をもらした。


「んでな、あいつは人の事を、特に俺の事を考えなさ過ぎなんだよな」

「うんうん。そうだね〜」

「付き合う前は多少ひねくれていたが結構いい奴で人の事思いやってる奴だと思っていたが、どうも調子に乗りすぎだと思うんだ」

「うんうん。そうだね〜」

「最近思うんだがあいつは彼女だという立場を良い事に、俺に無茶なことをやらせすぎるんだと思うわけよ」

「うんうん。そうだね〜」

「まぁー確かに好きなんだろうだけど最近はそんな気持ちが全く感じられないと思うわけよ」

「う、うんうん。そ、そうだね〜」


そう言っている春原の笑顔はだんだん引きつり始め、結局ただの惚気っすか! と叫びたい衝動に駆られたみたいだがなんとか抑えたようだった。


「というよりまずなんで俺に惚れたんだかわかんねーよな〜俺のどこがいいんだか……」

「うんうん。そうだね〜」

「てめぇ! 馬鹿にしてんのか!?」


朋也は立ち上がり、春原に食って掛かる。


「お前がそう言えって言ったんじゃないか!!!」


しかし、春原も負けずに反論してきた。

確かに朋也が言ったが、やはり怒りは収まらない。


「タイミングを考えろ! このゾウリムシ!!」

「僕単細胞生物っすか!!!」


春原がそう叫んだとき、隣の部屋から壁を蹴る音が聞こえてきた。


「うるせーぞー!!!!!!!!!!」

「ひぃっ!!!!」


ラグビー部の声に春原は我を忘れて全力でびびり、わずか9秒で春原の反抗は終わった。

しかし、朋也は違った。

ただでさえ苛々してるのになんでこんなに言われないといけないんだ?

別にラグビー部が偉いわけでもないのに、と思うとまた無性に怒りが沸いた。


「ったく、こっちはいらいらしてんのに……壁でもけり返してやろうか」

「待ってくれ!! お願いだから蹴り返さないで下さい!!! この哀れな駄馬にご慈悲を!!!!」


そう言って足にすがり付いてくる春原の姿があまりにも惨めだったので、少しだけ怒りが収まった。


「あーもーなんかむしゃくしゃするな〜」

「っていうか、本当に藤林杏が怒った理由が分からないの?」

「あ? どういう意味だ?」

「いや、そのままの意味だよ。どう考えてもお前が地雷を踏んだとしか思えないでしょ」

「……そうなのか?」


春原の言葉があまりにも断定していたので、朋也の頭は少しずつ冷静になっていく。


「あぁ、考えてもみろよ。あいつだって好きで委員長に変装した訳じゃないだろ?」

「あ……」

「あの藤林杏でも一応女の子だからね。傷ついたんじゃないの?」


──そうだった。杏は俺の気持ちを確かめるために、そして椋に言われて……。


そんな事に今頃気付くとは、どうやらだいぶ冷静じゃなかったらしい。


「やべぇ……よな」

「やばいだろうね〜」

「なにか仲直りする手段が必要か……」

「何かないの?」

「そういえば明日は杏の誕生日だな」

「じゃーデートにでも誘えば?どうせ明日も休みだし」

「もともと明日も遊ぶ予定だったけどな。でも今日のあれじゃー来るかどうか……」

「電話でもしてみたら?」

「出るかねぇ」

「じゃー家にでも行けば?」

「出てこないと思うぞ」

「岡崎って意外とネガティブなのね」


春原は諦めたようにため息をつき、


「仕方ない。親友のためにここは僕が一肌脱ぎますか!」


そう意気込んだ。


「いや、親友じゃないし」

「ひどっ!!」






    ◇    ◇





その後春原から寮を追い出されると商店街に足を向けた。

春原曰く、


『杏は僕が明日ちゃんと来るよう仕向けるから岡崎はプレゼントでも買っておけ』


との事だった。

が、一応これでも杏の彼氏なのでプレゼントは用意してある。

以前渡したアメジストのペンダント。

それに験を担ぐわけではないが……アメジストがワンポイントになっているイヤーカフスを買った。

ピアスをあける様な奴でもないし、挟むタイプのものだから大丈夫だろう、そう思ったからだ。

しかし、それとは別に何か渡したかった。

贖罪と言っても過言ではない。

やはり言い過ぎたと思っているので、何か誠意の証となるものが欲しかった。

そんな時、ふとある一角にあるファッションショップが目に入った。


「何か置いてあるかな」


そう思い、店の外から商品棚をのぞく。

そんな中で一つの可愛らしい白いリボンが付いたカチューシャを見つけた。


これを買おう。


すぐさま決心した朋也はその店の扉を開いた。のだが……そこには男の入れないような空間が広がっていた。

中にいるのはみんな同じくらいの年の女の子。

それ以外にも年上のお姉さんといっても違和感がない人たちもアクセサリーや服を見て目を輝かせている。

そんな中一人の男が入ってきたものだから、店の中の人の視線を独占するのは必然だった。


朋也はそんな視線に必死に耐え、レジへとすぐさま駆け込んだ。


「すみません、外に飾ってあるカチューシャをプレゼントでラッピングして欲しいんですが」


矢継ぎ早にそう言うと店員が笑顔で「少々お待ちください」と言って、店の奥に姿を消した。

そして戻ってきたときには、まさしく朋也の求めていたカチューシャを手にしていた。


「この商品で間違いありませんか?」

「はい」


店員の声に答え、お金を払い急いで店を出た。


「ふぅ」


ため息をつき、右手に持つ袋へと視線を落とす。


──これで許してくれるといいけど。


そう思いながら、朋也は家へと帰るのだった。







    ◇    ◇






春原の言うとおり、杏は確かに待ち合わせ時間ちょうどにやってきた。

しかし、あからさまに元気がない。

昨日の事をやっぱりやりすぎたと後悔しているのだろうか、とそんな考えが朋也の頭をよぎる。


「おはよう」

「うん……おはよう」


声も何とか聞き取れるくらいの大きさで、今すぐにでも倒れそうな印象を受けた。


「とりあえず、どっか喫茶店でも行くか?」


その言葉に杏はピクッと肩を震わせる。

そして、


「うん……」


そう言って朋也の後に続いて歩き出した。







朋也と杏は喫茶店に入って、奥側の席へと向かう。

朋也が席に座ると、杏は少しだけ躊躇った様に席を見つめ……朋也の対面へと座った。

店員がいらっしゃいませという声とともに席へと来て、お手拭と水をテーブルへと置きお辞儀とともに去っていく。

そしてそのタイミングで朋也は口を開いた。


「杏」


朋也の呼びかけに、またビクッと肩を大きく震わせ、


「な、なに……?」


と、消え入りそうな声で答えた。


「話があるんだ」

「…………」


朋也の声に怯えているのか、杏の顔は今にでも泣きそうな顔でコクリ、と静かに頷いた。

そして杏のリアクションに満足した朋也は、可愛らしい赤色のリボンが添えてある手の平大の大きさの包みをテーブルの上に出した。


「開けてみ?」


そう、優しく杏に声をかける。

その声に少しだけ余裕が出来たのか、杏は顔を上げた。


「これ……私に?」

「あぁ」


そう答えた朋也の顔を杏はじっと見つめる。

そして、テーブルに置いてある包みをゆっくり開く。

そこには小さな深い青色の箱が姿を現した。

さらにその箱を開けるとそこには、綺麗な紫色のアメジストが静かに輝くイヤーカフスが収められていた。

杏は驚きのあまり、再度朋也の顔を見る。そして、


「なに……これ」

「なにって誕生日プレゼントだ。おめでとう、杏」


そう言って朋也は微笑んだ。

しかし杏は呆気に取られたようで、


「どうして……」


そんな言葉を口にしていた。


「どうしてってお前──」

「だって!! 昨日だってあたし朋也の事殴っちゃったし、勝手に置いて行っちゃったし」


よほど気にしていたんだろう、杏はまた俯いて


「帰ってから何してるんだろうって思って……朋也に会わす顔もなくて……電話なんてできるわけなくて…………」


朋也の考えてた通り、昨日は会いに行っても追い返されるだけだったのかもしれなかった。


「今日の遊びも行く気になれなかった。でもそんな時、陽平から電話がかかってきて……」


そこで杏は言葉を止め、自身を抱きしめるように手を腕に当てた。


「かかってきてどうしたんだ?」


春原がどんな手で今日この場に杏を呼び出したのかが少しだけ気になっていた朋也はその先を話すように促した。


「朋也から大事な話があるから、明日は絶対に待ち合わせ場所に行ってくれって……」


春原にしたら意外とまともで簡潔な言葉を杏に言ったんだと少しだけ感心した。


「だから、大事な話ってなに?って聞いたの。そしたら陽平はこれからの事かもねって……そう言ったのよ」


その一言で雲行きが怪しくなった。あいつそんな意味深な事言ったのか。


「怖かった。昨日の事が切っ掛けになって、あたし振られちゃうんじゃないかって……そう思い始めると止められなくて……眠れなかった」


そして、一呼吸を置いて杏は顔を上げ


「でも、違ったのよね…………良かった」


涙を目に溜め、精一杯の笑顔を見せていた。

そんな杏の姿に朋也は心が動いた。

立ち上がって杏の隣へと座り、静かに抱きしめた。


「ちょっと……誰かに見られちゃうわよ?」

「いや、いいんだ。もともとプレゼントを渡すのがちょっと恥ずかしくて奥の目立たない席に来たんだから」

「なにそれ」


杏はふふっと笑みを零し、朋也の抱擁に身を預けた。


「俺こそごめんな。まさかそこまで考えてるなんて思わなかった」

「ううん、いいの。やっぱりあたしはまだちょっとこーゆーの自信持てないから」

「気にしなくていいのに」

「女の子はどんな事言われても、不安なのよ」

「そうか」


杏が穏やかにそう言うと朋也は一言答えて杏から手を離し、自分の座っていた席へと戻ってもう一つの包みを持って戻ってきた。


「昨日の事は俺が悪かったからな。冷静になって俺も言ったことに嫌気がさした。だからと言っちゃーなんだがお詫びの品だ」

「え?」


そう言って渡したのは可愛らしいクマの絵が描かれているシールにピンクのリボンが施されている紙袋だった。


「開けていい?」


杏の問いに朋也は黙って頷いた。

そして開けた杏の顔が驚きと嬉しさでいっぱいになったのは、誰の目から見ても明らかだった。


「気に入ってくれるといいんだけどさ」

「ありがとう、朋也。一生大事にするね」


そう言って、杏は朋也へと抱きついた。








その後、簡単に食事を済ませた二人は喫茶店を後にした。


「さーて、紛らわしい事言った陽平に天罰をお見舞いしないとね〜!」


そう言った杏は先ほどまでの弱々しいイメージはなく、すっかり元気になっていつも通りの杏に戻っていた。


「ほら、早速行くわよ〜!」

「誕生日の日くらい慎ましくいてもいいんじゃないか?」

「不安分子は先に取り除いておかないと気になって慎ましくなれないわよ♪」

「なら、その不安分子を取り除きに行きますか」




杏が朋也の手を取り走り出す。




杏の走りに合わせてカチューシャのリボンが揺れ、耳についているアメジストがキラリと輝いた。





願わくば、来年の誕生日は杏が笑顔で迎えられますように。






Happy Birthday  藤林 杏









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