リリカルなのはA's リインフォースSS 夜天の願い




ふと気がつくと、リインフォースは『また』見知らぬところにいた。

──新しい拠り所が見つかったのか。

何度も経験をしている事なので、新しい驚きも、先ほどまで起きていた事に対する感慨もない。
ただ静かに今の現状を受け入れるだけだ。
だから今、世界がどうなっているかを把握する事がリインフォースが第一にすべき事なのである。

リインフォースはすぐに、目の前にいる安らかな寝息を立てている赤ん坊を見つけた。
その子の寝顔は天使の様であり、この世の穢れを知らない無垢な顔をしている。
そんな赤ん坊の姿に、リインフォースは心の奥が安らぐのを感じる。
そして同時に……やり切れない思いが体中を駆け巡った。


──次のマスターは……この子なのか……。








その子の名前ははやてと言った。
親に愛され大切に扱われて、そしてそれに応える様にはやては可愛らしく、素直にすくすくと育っていく様はとても微笑ましいものだった。
両親のかける声に反応するようになって二人は喜び、母親の指を掴んだと二人は感激し、感情を表に出したと二人は笑みを零す。
両親ははやての一挙手一投足に一喜一憂し、とても平和な時間を過ごしていた。
そして、そんな平和な日常を見守っていたリインフォースは安堵を覚える。


この世界には争い事がない。
ここは人と人が斬り合い衝突し、陰謀と欲望が渦巻くような、そんな今まで見てきた野蛮な世界ではない、全く持って平和な場所だ。できれば我が主には、このまま穏やかな日々を過ごして欲しい。


リインフォースはそう願う。
しかし、その願いは長くは続かなかった……。


はやてがいつまで経っても這い這いをしない事を疑問に思った両親は、はやてを病院へと連れて行ってしまった。
リインフォースは一抹の、不吉な予感を覚える。
やがて、はやてが帰ってきたとき、共に帰って来た両親の顔色は……行く時よりもさらに焦燥していた。

ぐっすりと眠っているはやてをいつものベッドに寝かせるも、二人とも黙ったままではやての傍を離れようとはしない。
そして、耐え切れなくなったのだろうか父親が沈黙を破った。
父親は自分の中にある苛立ちの感情を吐露し、まるでそれに呼応するように、はやてが寝息を立てる。
母親は愛しい娘の名前を呟き、ただ祈るように小さくて丸いはやての手を握る。

──一体どうしたというのか。

問いただしたい気持ちはあっても、リインフォースは傍観することしか出来ない。
しかし、リインフォースの想いが通じたのか、はたまた自分達の現実を嘆くためか、父親は苦々しく、経緯を口にした。
曰く、下半身不随。
父親の涙交じりの声を聞いて、リインフォースははやての置かれている状況を把握した。
リインフォースは望んでいた穏やかな日々が崩れ去る確信と、ある種の疑念を持つ。

父親のすがる様な言葉と、母親の悲しみに満ちたその手をリインフォースはただ、見ていることしか出来なかった……。







親の心配をよそにすくすくと育っていくはやて。
年を重ねるごとに笑顔が魅力的な元気のある子に育っていく姿は、両親の不安を吹き飛ばしていくようだった。

そんなある日の昼間。
母親と共に出かけていったはやては頬に絆創膏をつけて帰って来た。
母親に車椅子から抱き上げられ、布団へ寝かせてもらうはやての様子はどこかいつもとは違った。
瞳にはいつもの活発に満ち溢れた光を灯しておらず、どこか暗い。
口は一文字に閉じており、その姿は悔しい、と言っているように見えた。
しかし、涙を見せることはなかった。

母親ははやてに優しく声をかけるが、はやての顔にいつもの笑顔は戻らない。
何があったかは知らないが、きっとはやてにとって悲しい出来事があったのだと思った。

──また……私は見ていることしか出来ない。

リインフォースは己の無力さを嘆く。

──ならば…………せめて祈ろう。彼女の笑顔が戻るようにと。







そして──それは唐突にやってきた。
はやての両親の突然の死。
はやては部屋に閉じこもり、泣いていた。
どんなに悲しいことがあっても涙は見せなかった強い彼女が、泣き続けた。

はやての担当医であろう白衣の女の人の言葉も彼女の心には届かない。
喉が痛むほどに出し続ける泣き声、嗚咽、咳。
その様子は見ているだけで痛々しい。
このまま生きる事を放棄するのではないかと考えるリインフォースであったが、魔道書としての自分の力が目覚めた後に起こる出来事を考えると、それもいいのかもしれない、と思った。

だが、その考えはすぐに頭から追い出した。

客観的に考えるには、あまりにも彼女を見ている時間が長すぎた。

彼女の事を知りすぎてしまった。

彼女への情が湧いてしまった。

だけど私は……涙を拭う手も、優しい言葉も、抱きしめてあげられる温かさも────何も持っていない。


それ以降、主は涙を見せなくなった。



     ◇     ◇



『Ready to set』
『Stand by』


氷の結晶が揺ぎ静かに舞い降りる中、少女達のデバイスからの声に意識を覚醒させる。
あまりにも無力な自分。
それを思い出し、感傷に浸っていたのか。

「あぁ。短い間だったが、お前達にも世話になった」
『Don't worry』
『Take a good journey』

両隣からかけられる声に、少しばかり穏やかな気持ちになるのを感じる。
きっと、彼らも私の立場だったら同じ決断をしたに違いないと確信できた。

──お前達も、良いマスターに巡り会えたのだな。

「あぁ」

今までの出来事を振り返るが、過去の事はもうどうしようもない。
出来るなら主へ今までの出来事を謝りたかったが、それはやめておこう。
きっと……謝罪をしても意味のないことだから。

思い残すことは…………ない。さぁ、始めよう。


「リインフォースーーー!!!! みんなー!!!」

突然のその声に私は目を見開き、声のする方へ視線を向ける。
そこには懸命に車椅子を走らせてくる主がいた。
その姿を見て思わず駆け出したい気持ちに駆られる。
しかし──。

「はやてちゃん」
「はやて」

背後の守護騎士たちがはやてに駆け寄ろうとするのを感じた私は、反射的に声を出した。

「動くな」

その言葉に、きっと思わずだろう。全員の動きが止まる。

「動かないでくれ。儀式が止まる」

そんなのはただの口実。
この機を逃すと私は……きっと甘えてしまう。
何年も彼女を見てきたのだ。
主が何を考え、どんな言葉を口にするか手に取るように分かる。

「あかん! やめて! リインフォースやめて!!」

これでいいのです。主はやて。

「破壊なんかせんでええ!」

これ以外に、主を守る手立てはないのです。ご理解ください。

「わたしが、ちゃんと抑える!」

ほら……、ね。

「大丈夫や! こんなん……せんでええ!!」

主はやて……あなたはどこまでも優しいお方なのですね。

「主はやて……良いのですよ」

私は主へと告げる。
私の覚悟を知ってもらうために。
私自身の願いを……叶える為に。

「良いことない! 良いことなんかなんもあれへん!!」
「ずいぶんと長い時を生きてきましたが、最後の最後で私は綺麗な名前と心をいただきました」

それだけで、私は十分です。
見守ることしか出来なかった私には十分すぎるほどの幸せなのです。

「騎士達も主の傍にいます。何も心配はありません」
「心配とか、そんなん……」
「ですから、私は笑っていけます」

そう、何も心配はないのです。
私のせいで、また穏やかな暮らしを脅かすことは……もう、してはいけないのです。

下半身麻痺が闇の書の侵食が原因で起こったと発覚した時、途方もない絶望感に見舞われました。
他の守護騎士の悲しそうな顔。
主の苦しそうな顔。
私が原因であるのに、それでも私は何も出来ることがなかった。
自分の無力を呪った。
あの時の様なこと、もう二度と起こさせたくはない。

だから私は──。

「話し聞かん子は嫌いや! マスターはあたしや! 話聞いて!」

申し訳ありません。主はやて。

「あたしがきっと何とかする! 暴走なんかさせへんて約束したやんか!」
「その約束は……もう立派に守っていただきました」

闇の書の覚醒の後でも、意識を閉じることなく、私の言葉に流されなかった強い心。
そして仲間と共に、闇の書の防御プログラムを見事打ち負かし、私に絶対の運命など無いと教えてもらいました。

「リインフォース!」
「主の危険を払い、主を守るのが魔導の器の務め」

無力だった私が、主たちのために出来る唯一のこと。
主の役に立つ事。
その想いが、無念が、やっと叶えられる時なのです。

「主を守るための、最も優れたやり方を……私に選ばせてください」

どうか、私にその任務を果たさせてください。

「そやけど……ずっと悲しい思いしてきて……やっ……やっと……救われたんやないか!」

その時、一筋の涙がはやての頬を伝った。


泣いてくれるのですか?
こんな私のために。
ずっと流さなかった涙を。
家族がいなくなった時にしか流さなかった涙を。
私のために──。
…………主はやて。
ありがとうございます。
私も家族の一員になれたのですね。
困りました……これで私は、本当にもう思い残すことがなくなってしまいました。


「私の意志は、主の魔導と、騎士達の魂に残ります。私はいつも主のお傍にいます」
「そんなんちゃう! そんなんちゃうやろ!! リインフォース」

いいえ、何も違わないのです。
元々、見守ることしか出来なかった私です。
全てが元通りとはいきませんが……これまでと同じことなのです。

「駄々っ子はご友人に嫌われます。聞き訳を。我が主」

「リインフォース!」

主が勢い良く車椅子を走らせるが、雪に躓き倒れてしまった。

「なんで……これからやっと始まるのに……。これから、ずっと幸せにしてあげなあかんのに!」
「大丈夫です。私はもう、世界で一番幸福な魔導書ですから」

それでも……、きっと納得しないでしょう。
誰よりも家族を重んじ、誰よりも家族に優しく、そして家族の幸せを一番に願う主だからこそ。

「主はやて。一つ、お願いが」

せめて私が傍にいる事を感じられるように。

せめて私が傍で見守れるように。

「私は消えて、小さく無力な欠片へと変わります」

私がいたという証を……残します。
ここからいなくなってしまいますが……いつも傍にいます。
幾星霜の月日が流れようとも、私は主の傍で見守り続けます。

でも──。
きっと消え行く私の影を追ってしまい、その欠片に固執してしまうでしょう。
それは、いけません。
私の事に囚われずに前へ進んでください。
これからきっと、この少女たちがいる世界へと旅立つでしょう。
様々な人たちを守るために。
それならば──。

「もしよければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいずれ手にするであろう新たな魔道の器に送っていただけますか」

それが、私の最後の願い。

本音を言うならば、守護騎士達と共に主と穏やかな毎日を過ごす。
そんな毎日を夢に見なかったわけではなかった。
いや、私はずっとそう思い続けてきた。
守護騎士たちが歴代の主に使われる日々を見続けながら。
そして、主が涙を見せなくなった日から。
それを望み続けてきた。
それは否定しません。

ですが──やはり、私は今ここで消えることを選びます。
穏やかな生活を守るために。
主の笑顔を守るために。
守護騎士達を解放するために。
だから──。

「祝福の風リインフォース。私の魂は、きっとその子に宿ります」

その子を新しい家族として迎え入れてください。
それが──主が生まれてからずっと見ていることしか出来なかった私の、これから消え行く私の……心からの願いです。

まだ見ぬ主の魔導の器……。
どんな子かは分からないが、きっと主のように元気で周りの人々を幸せにしてくれる子なのだろう。
私の代わりに、守護騎士達と力をあわせて主はやてを守っていってくれる事を願う。
そして、守護騎士達と共に、温かい家族を築いてくれることを祈っている。
どうか私の代わりに……それを成し遂げて欲しい。

「リインフォース……」
「はい。我が主」

──ありがとう。
──ありがとう。



     ◇     ◇



「主はやて」

主にはたくさん迷惑をかけてしまいました。
どんなことがあっても見守ることしか出来ませんでした……。
それは謝っても謝りきれないことですが……主と出会え、名前をいただき、仕える事ができ誇りに思います。
前を向き、強く、そして幸せに生きてください。
そして、私の最後の我が侭を聞いてくださってありがとうございます。

「守護騎士たち」

こんな私の運命に左右されて、不自由な思いをさせてしまい、すまなかった。
でも、これからは自由の身。
主はやてと共に、笑顔で歩んでいって欲しい。
そして願わくば──プログラムとしてではなく、主はやての家族として主を見守っていって欲しい。

「それから、小さな勇者達」

二人には感謝しても、し足りません。
あなた達がいなければ私は大好きな家族を殺めてしまっていたのだから。
これからも主の事を良きな友人として支えていってあげて欲しい。


「ありがとう」


こんなにも満ち足りた気分は初めてだ。


「そして──さようなら」


私の名はリインフォース。

強く支える者──。

幸運の追い風──。

祝福のエール──。

私はあの広い空の向こうで──あなた達を見守り続けます。

世界中の……いや、生きるもの達全てに────祝福の風が吹くことを願って…………。







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