藤林 杏 七夕SS
きっかけは偶然。
でもその後は必然。
興味があったし、それは自分で決めた事だから。
日常のひょんな所から、あたし藤林杏は……ある決心をした。
──── 藤林杏 七夕SS 『藤林杏の七夕ドタバタ奮闘記』 ────
きっかけは友達の一言だった。
いつものように休み時間、友達と他愛ない話をしていた時に言われた一言。
「最近杏ちゃんて岡崎君とかと仲良いよね?」
「そうかな?」
「うん、そうだよー!」
「なんか私怖くて声かけられないけど、杏ちゃん見てたらちょっと羨ましいかな……」
「岡崎君てカッコいいけどなんか近寄り難いオーラあるからねー」
「春原君だっけ? 金髪に染めてる人が友達みたいだし」
「そこんところどうなの!? 杏ちゃん!?」
友達の剣幕に押されて、あたしは少しだけ言葉を詰まらせた。
「えっと……どうなのって?」
「岡崎君の事狙ってたりとかするの!?」
「いやーそれは──」
「春原君とか!?」
「それはない」
「やっぱり岡崎君なんだー!! キャー!!」
「杏ちゃんアピールとかしないの!?」
「今度近くで花火大会とかあるみたいだよ!」
「あ、それ知ってる! いつだっけ?」
「確か七夕の日だったと思う!」
「じゃー杏ちゃん、岡崎君連れて一緒に花火見に行っておこう!!」
「あ、それいいかもー!」
まるで激流。
本当に台風の後の増水した川の様な激しい言葉の波が目の前を行き交う中、あたしの予定が次々と立てられていく。
だけど例え激流でも、あたしはそのまま流されるわけにはいかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 誰も朋也を好きだなんて一言も言ってないでしょ!?」
「だって朋也とか下の名前で呼んじゃってるしー」
「そうそう、あまり呼ばないよね? 気になってる人以外は」
「そんなつもりは……」
「でも、杏ちゃんて一年の時も男友達の事名前で呼んでなかった??」
去年同じクラスだった友達の一人が助け舟を出してくれた。
あたしはまさに渡りに船、と言った感じでその船に飛び乗る。
「そ、そうよ! 今良い事言った! 別に朋也だけが特別なわけないでしょ!?」
「うーん……でもそれって夏休み終わるまでじゃなかった?」
「そうそう、なんか杏ちゃんが誰かを振ってそれから苗字で呼ぶようにならなかったっけ?」
「それに今って岡崎君と春原君以外の人はみんな苗字じゃない?」
「確かに……」
他の激流が船を荒波に飲ませようと必死でうねる。
助け舟が揺れている。
このままではまずいと思ったあたしは少しだけ口を挟む事にした。
「でも、ほら。あたしは朋也とかは別に──」
「杏ちゃん、最初は岡崎って呼んでたかも……」
しかし、あたしの努力むなしく、船は激流に飲まれていった。
むしろ自分から転覆しに行ったという方が正しいのかもしれない。
そしてあたしはまた激流の中に放り出されたのだった。
「ほら、そうだよ!」
「杏ちゃん岡崎君が気になるんじゃないの!?」
「告白するしないにせよ、仲良くなる必要があるんじゃないー?」
「この前も一緒に授業サボってなかったっけ?」
「あれは誤解だっていってるでしょ!!」
人の色恋沙汰であれこれ意見するのは女の子の性なのか、あたしは傍観者でいようと思ったが、この前陽平を懲らしめた時の出来事はクラスの女子の中で確かな噂になっていた。
「あ、いい物あげる!」
パン、と手を叩いて友達がカバンから取り出した物は、ティーン向けの女性雑誌。
「杏ちゃんて、こういう雑誌あまり見ないよね!?」
「あぁ、うん。そういうのは椋が買って来るから。あたしは別に買ってまで見たいと思わないし……」
「これ読んで、バッチリ頑張って!」
笑顔で雑誌を押し付けられる。
表紙を見てみると、『今年の夏は気になるあの人と熱く燃え上がる!!』とか『彼氏と行くデートスポットベスト20』と書かれていた。
「いいよ、こんな──」
そう言いかけた所でタイミング悪くチャイムが鳴ってしまった。
「じゃー私は席に戻ろうかな!」
「いつ返してくれてもいいけど、それ実践してからね!」
「杏ちゃん頑張って!」
「みんな応援してるよ!」
みんな好き放題言ってその場から解散した。
──まぁ、見るだけならいっか。
そう思ったあたしは、雑誌を静かにカバンへと潜り込ませた。
◇ ◇
次の日。
──いつもとは違う自分をアピール──
雑誌に書いてあった言葉を鵜呑みにするわけではないが、少しだけ弄った髪にしてみようかなと思っただけだ。
最近ずっと同じ髪型だから、たまにはいいかなと思っただけだ。
それ以外に特別な理由はない。うん、絶対にない。
「杏ちゃん可愛い!!」
「どうしたの!?」
「昨日渡した雑誌のおかげかな?」
いつものリボンは外して、左右の後頭部で髪の毛をまとめた髪。
いわゆるツインテール。
クラスの子達があたしの姿を見るなり、口々に可愛いと言ってくれる。
「ありがとう」
友達にお礼を言って教室を出た。
素直に褒められるのは気分がいいな。
きっとあたしは浮かれてたんだろう。
目の前にある人影に気付かなくて、ぶつかってしまった。
「いたっ! ごめーん! 大丈夫?」
「あぁ、平気……ってお前杏か?」
「え、朋也──!?」
声の主が朋也だって分かってから、唐突に頭が痛くなった。
──ヤバイ、今自分の顔絶対に赤い。
──緊張で頭に血が上ったんだろう。
なんて冷静な考えはできず、動揺しながらもとにかく朋也に声をかける。
「おは、おはよう!」
「あ、あぁ。っていうかお前、その髪どうしたんだ?」
「え? この髪? あ、えっと……そう、妹がね! ちょっと髪型をいじるのに嵌っちゃってて、あたしが実験台にされたわけ!!」
心の中で手を合わせて椋にゴメンッと謝りながら、朋也に説明した。
あたしの説明を受けて、朋也は、
「ふーん」
と特別なリアクションを起こす事もなく、興味がない素振りで反応している。
その平然とした態度に、あたしは少しだけ落ち込んだ。
頭の方からスーッと血が降りてくるような感覚をハッキリと感じる。
あたし……何してるんだろう……。
席に戻っていつもの髪に戻そう、そう思って朋也に背を向けた瞬間──。
「ま、いいんじゃねーの?」
「えっ?」
背後から聞こえた声に、思わず振り返る。
でも、あたしの思考は固まっていた。
「それって…………」
──どういう事?
なんとか口を開いてそう聞こうとしている自分と、少しだけ聞きたくない自分が鬩ぎあって最後まで言葉が続けられない。
「いや、似合ってんじゃん?」
その言葉に下がった血が再び上昇してくる。
朋也の言葉に、からだが熱くなって、今度は心臓が暴れ始めた。
──もう、なんなのよ! 少し黙りなさいよ! 早く朋也に返事しないといけないのに!!
「あ、ありがとう……」
鼓動を抑える事に必死だったあたしは、思っていたよりも小さい声で、感謝の言葉を口にしていた。
「なんだ、元気ないな? お前らしくないぞ?」
「え?」
「もっと凶暴な方がお前らしいんだから、そんなシケた面してんなよ?」
「それ喧嘩売ってんの?」
朋也の言葉に反射的に答えたあたし。
その様子に、朋也は笑った。
「やっとらしくなってきたって感じか。じゃな。俺は机で寝る」
朋也はアッケラカンとした態度で教室に入っていった。
「……なによ。ちょっと仲が良いからって分かったような口聞いちゃって」
「おはよー! 杏ちゃん。あれ? 何かいい事でもあった?」
「別に? 何もないわよ?」
「ふーん? まぁいいけどー。早く教室入ろうよー」
「ちょっと引っ張らないでよー」
あたしは心臓の鼓動が止まないまま、引きづられるように教室に連れていかれた。
◇ ◇
次の日。
いつも通りお弁当を作っていたら気付けば遅刻ギリギリの時間だった。
「いっけない!」
すでに椋は家を出ていて、あたしは比較的ゆっくりだったがこれでは走らないと間に合わない。
今日も少し髪型を変えようかなと思っていたけど、時間がないので仕方なくいつもの髪型で家を出た。
「間に合うかなー?」
いつもは絶対に使わないバスに乗ってあたしは無事、遅刻せずに教室に辿り着いた。
「おはよー!」
「おはよう! 杏ちゃん。あれ? 髪型もうやめちゃうの?」
「今日は遅刻しそうだったからしてこなかった」
朋也の席を見てみると、まだ来てないみたい。
ここで少しだけ安心している自分に気がついた。
「んー? 今、岡崎君の席見てたー?」
「ち、違うわよ!!」
少しだけ目ざとい友達の言葉を否定して、あたしは席に着く。
しばらくしない内に担任が来たので、あたしは起立、と号令をかけた。
そして二時間目の授業が終わった時、やっと朋也がやっと教室に姿を現した。
担任に注意をして、教室に来るように言えと言われていたので、あたしは遠慮なく朋也に近づいていく。
あたしからも色々言いたい。あまり遅刻をするようだったら色々と罰を決めてやろうかと思っていた。
なぜって、その方が面白いからだ。
朋也の席に近づいて机に手をつき、朋也へ睨みを聞かせて声をかけた。
「おはよう」
「あ? あぁ。今日は戻したんだな?」
「えっ?」
全く予想だにしていなかった朋也の言葉にあたしは少しびっくりした。
まさか朋也から髪の話題を出してくるとは思っていなかったから。
「やっぱりこっちの方がいいな。お前らしい」
「はぁ……別に、あんたの為に髪変えてるわけじゃないから余計なお世話よ」
わざとため息をついて口元を隠しながら、動揺を悟られないようにいつもの憎まれ口を言う。
「あんた担任が呼んでたわよ? 遅刻が多いって」
「ふーん。まぁ、いいや」
「良くない! ほら、ささっと職員室行った!!」
「痛いって、引っ張るなよ!」
「なら、自分で立って行く?」
「……分かったよ」
「よろしい」
そうして朋也を職員室へと向かわせたあたしは、満足して席に座ったのだった。
◇ ◇
放課後。
本屋に寄りたいという椋についていって、あたしも本屋へとやってきた。
嬉々として占いのコーナーへと足を運んでいく椋の背中を見て、苦笑する。
何か暇つぶしになるものはないかな──と探してみると、女の子向けの雑誌がたくさん置かれているコーナーが目についた。
その内の一冊を手に取って中身を見てみる。
適当に流し読みをして他の雑誌にも目を通した。
──やっぱりどれも同じような事ばかり書いてあるわね。
そう思って雑誌を元に戻し、今欲しいバイクを決める為に、バイク雑誌を手に取ってレジへと進む。
すぐに会計を済ませるとお釣りと共に、店員が小さい紙を差し出してきた。
「はい、どうぞ。これ七夕の短冊です」
「え?」
「商店街の飾り付けをやりますので良ければご記入ください。こちらに箱がありますのでこれに入れてください。あ、もちろん無記名でいいですので」
「ふーん」
あたしはその短冊を受け取る。
そして、少しだけ入り口の前へ移動して立ち尽くした。
七夕の短冊。
昔は書いてたけど最近は書かなくなったな。
七夕で願うような願い事なんてあたしにはなかったから……。
でも今は──。
「お姉ちゃん、短冊書くの?」
ふいに後ろから声がかかった。
買い物を終わらせたらしい椋。
その手には買ったであろう本と共に、短冊が握られていた。
「んーどうしようかね?」
「私は書こうと思ってるよ」
「そうなの? じゃーあたしも書こうかなー」
「それがいいよ!」
「椋は何書くの?」
「えっとね、素敵な人と巡り合いたいなって」
「なんか椋らしいわね」
「えへへ……」
「素敵な人……か」
「お姉ちゃんは?」
「あたし?」
ふと、朋也の顔が頭に浮かんだ。
そして、自分の気持ちを初めて自覚したあの出来事も思い出す。
素敵な人かは分からない……でも。
『やっぱりこっちの方がいいな。お前らしい』
その言葉が、今でも耳に残っている。
その言葉で、気分良くなれる。
花火大会とか、髪型とか……。
やっぱり周りや雑誌に振り回されるようじゃダメだよね。
「あたしはね──」
だから、あたしはこう書こうと決めた。
「『あたしらしく』かな?」
FIN
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