第1話  Prologue





春原「ねぇ、岡崎。僕、目悪くなったみたいなんだ。はは……見てくれよ。掲示板に僕の名前があるんだけど……」
朋也「そうなのか?」

そう言って振り返ってきた春原の目に、俺は指を突っ込んだ。

春原「イタイ! 痛いッス!! あんたいきなり指を目に突っ込むなんて僕の目を失明させる気かよ!?」
朋也「あぁ、悪い。春原の目にゴミが入ってたんで抉り出そうかと」
春原「僕の目はゴミ扱いかよっ!?」
朋也「あーはいはい。まったく、感謝して欲しいくらいだぜ」
春原「何をだよ!」
杏「私のおかげで無事大学進学できたんだから、でしょ? 朋也」
春原「藤林杏…別に頼んでないってのに」
杏「へぇーあんたも言うようになったのねー? でも、その緩みきった顔で言っても説得力ないわよー? 嬉しくないの?」
春原「だ、だから別に頼んでないって言ってるだろ?」
杏「さてさて。ここにあるのは一本の携帯電話。繋がる先は春原一家のしっかり者の芽衣ちゃん。   なにやらおにいちゃんから合格発表の結果が聞きたくて、うずうずしているみたいなんだけど?」
春原「まったく。あいつも心配性なんだから。少しは兄貴を信用しろってのに。なぁ? 岡崎」
朋也「ま、来年があるさ」

そう言って俺は春原にグッと親指を立てて返した。

春原「僕の名前張り出されてましたよねぇっ!?
    あ、もしもし芽衣? あぁ、もう大学受験なんて僕の本気の七分の九くらいの力で余裕? もうここまで来ると自分の才能が怖いねー。そう? アハハ」

春原はだいぶ本気だったらしい。

杏「ま、私の手に掛かれば大学受験くらいちょろいもんよ」

杏は得意そうな顔をして胸を張った。

朋也「あの地獄のような日々を送ってきた俺たちにはちょろくもなんとも…」
杏「何よ。文句あるっての!?」
朋也「ま、いいんだけどな」

そう俺たちは三人そろって大学に受かった。それもこれもみんな横で電話しているアホのせいなのだが……。



──────────時をさかのぼる事六月──────────


俺と春原は相変わらず遅刻をして昼休みに騒いで春原を弄んで……そんな変わらない日々を過ごしていた。
ただ違うのは、俺と杏が付き合っているという事だけ。
そんなある日の事、いつもと変わらず夜春原の部屋に行くと美佐枝さんに捕まった。


美佐枝「岡崎ーあんたそろそろ高校出たときの事考えた方がいいんじゃないの?」

朋也「ちっす。なんか俺そういうの考える主義じゃないんで」

美佐枝「主義ってあんたね……。はぁーなんで私が先生みたいに進路の心配してるんだか……」

朋也「でもま、忠告だけはありがたく頂いておきます」

美佐枝「ま、そうしてちょうだい。期待はしてないわ」

朋也「そいつはどうも」




朋也「という話をされてさーあの人結構そーゆー面も気にしてくれんだな」


いつものように春原の部屋に来て雑誌を眺めながら先ほどの出来事を話した。


春原「あー最近はラグビー部の連中が美佐枝さんの部屋によく訪問してるらしいから話題がそうなっちゃうんじゃないの?」

朋也「お前は行かないのか?」

春原「僕が? なんで好き好んで進路相談をしに行かなくちゃならないのさ」

朋也「いや、だってここの寮母さんだろ? ならやっぱりここに住んでる奴の事は気になるんじゃないのか? それにだめな子ほど可愛いとかいう人もいるし……もしかしたらお前の事も」

春原「マジかよ! 僕気にされてる!? 近日中に誘われるかな!?」

言い終わらないうちに馬鹿が食いついてきた。
これは暇つぶしになるかも。

朋也「え? あぁ、誘われるんじゃないか? 美佐枝さんの部屋とかに」

春原「そっかぁーへへ……岡崎。そのときは赤飯だなっ!」

朋也「ん? あぁ」


相変わらずこいつの頭は理解が出来ない。進路指導一回に何を期待しているというのか……。


春原「いやーでも誘われるとなると最初は行きたくないっていう意思表示が大事なのかな!?」

朋也「まぁーその反応は妥当じゃないか?」


正直な所高校卒業して働いている自分は想像できない。もちろん目の前の春原についてもだ。
というのに、なぜか春原は嬉しそうにしている。
こいつ実は働きたいのか?

春原「いやー先に大人になっちゃったらごめんな? それでも俺たち友達だからな!」

朋也「ん? あぁ。頑張れよ」


そろそろこいつの相手にも疲れたので適当に流して返事をした時、ノックの音が聞こえてきた。


美佐枝「春原〜? いる〜? ちょっと話があるんだけど〜」


まるで計ったようなタイミングで登場する美佐枝さん。
神よ……そんなに春原を弄びたいのか……。


春原「き、来た!? いきなりチャンス到来!? 岡崎……僕、一歩先に行くよ」

一人だけ何か興奮している春原は俺に顔を近づけ、そんな事を言っている。
俺は春原の顔を遠ざけ、


朋也「あぁ。行って来い」


神にも弄ばれる哀れな操り人形の背中を押した。


春原「んー? なにー? 美佐枝さん」

美佐枝「ちょっと話があるんだよ」

春原「えー? 僕もう眠いんだけどー」

美佐枝「時間はあまり取らせないからさ。ちょっと私の部屋まで来れるかい?」

春原(岡崎岡崎! これはGO? むしろCOMEON! なんだよね?)


何かとても期待しているようだったがもちろん俺には理解できない。
しかし、神の意思に逆らうのも罰当たりな気がしたので、俺は春原に言葉と言う名のエールを送った。


朋也「……GOOD DEATH!!」

春原(グッドです? オッケー。僕も男だ……腹を決めるよ! 行ってくる!)


バタン。爽やかな笑顔を残して春原は部屋を出て行った。


朋也「あいつ……本当に救いようがない馬鹿なのかもな」


その後、美佐枝さんの部屋から春原の絶叫が聞こえたのは言うまでもない。






     ◇     ◇





昼休みを告げる学校独特のチャイムが校内に響き渡った。
その音で俺は少しずつ意識を覚醒していく。


朋也「ふぁー……。さて、昼飯でも食いに行くか」


さすがに三時間目から出席しているとはいえ、朝飯も食べていないから腹は減る。
眠い目をこすり、隣の席に目を向けた。
そこにはいつも通り春原がいびきをかきながら爆睡をしている。
春原を叩き起こして学食に行こうと席を立ったその時、教室の扉が勢い良く開け放たれた。


杏「あ、いた。朋也っ! 今日は久々に早く起きたからお弁当作ったの! 椋と一緒に食べない!?」


と、言いながら入ってくるのは隣のクラスの委員長、もとい俺の彼女。
その彼女に呼ばれた双子の片割れと言えば


椋「お、おねぇちゃん。声が大きいよ……」


聞こえるか分からないくらいに小さな声で抗議をしていた。
そんな事をしていると、いつの間にか周りの視線が少しだけ鋭く、しかし尊敬の念が含まれている事に気が付いた。


(二つの組の委員長と一緒にランチだってよ…)

(さすがは岡崎だな……あんな事があったのに、双子とラブラブなんて……)

(姉妹丼なんてめったにお目にかかることができるわけじゃないのにな。なんか薬でもやってんのか?)

(いや、あいつはいつかはやる男だと思ってたよ)

(岡崎君と一緒にお弁当だなんて……藤林さんもまだ諦めきれてないのかしら? 意外に情熱的なのねー)



教室のあちらこちらからそんな声が聞こえてくるのが分かった。

四月では不良だと恐れられ避けられていたこのクラスも、最近では接し方が砕けてきている。
なぜならこのクラスにたびたび来るようになった藤林杏に対する俺の態度を見るようになってからだ。
どんな態度かは俺の名誉のために言わないでおこう。
まぁ俺としては元々勝手に不良のレッテルを貼っていたこいつらが勝手に怖がっていたというだけの話だったから、今更どんな態度に変わろうと知ったこっちゃないのだが──、


朋也「どいつもこいつも……」


ここは進学校じゃなかったのか? と思うのだが、やはり人の色恋沙汰には興味津々な年頃なのだろう。
それでも、ここまであからさまに態度に出ているとさすがにため息が出てしまう。


朋也「それで? いつもの場所でいいんだな?」

杏「ん、そうねー」

朋也「先に行っててくれ。飲み物でも買ってくる」


そう言って杏の前を通り過ぎて教室を出る。


杏「分かったわ。行くわよー椋」

椋「うん!」

そして俺は購買に向けて歩き出した。







生徒1「おばちゃん! こっちに焼きそばとコロッケとオレンジジュース!!」

生徒2「おい、てめー押すなよ!」

生徒3「あぁー! 俺の生きる希望、竜太サンドが……」


などなど大盛況の購買部。
毎日よく飽きないものだと眺めながら俺は自販機にあるパックジュースを三つ購入する。
戦場の様な購買部を後にして、中庭へと向かおうとしたとき、見覚えのある金髪頭が目の前に歩いてきた。


春原「ひどいじゃないか岡崎ー、一緒に昼飯食べようぜ! ってあれ? 今日は飲み物三つだけなのかい? そんな貧相なもんじゃなくてさー、学食でうまいもん食わしてもらおうぜ!」

朋也「偶然に出会って早々あつかましい奴だな。残念ながら飯ならもう確保してある」

春原「おー? さすがはマイフリエンド岡崎。僕のやる事を言われる前にやるとは友達甲斐のある奴だねー。 で? そいつはどこにいるの? 僕の分までおごらせようよ!」

突っ込みたい所は多々あるのだが、いちいち付き合うのも面倒なので、

朋也「中庭」

そう簡潔に答えた。

春原「よしっ! 早速出発ー!」

春原は意気揚々と俺の前を歩き出した。











杏「で? 誰に何をおごらせるって?」


にっこりと笑顔で杏が春原に言葉をかける。
椋は苦笑いで弁当箱の中身を小皿に分けている。
そして俺は、杏の自信作の豚カツを頬張った。うん。うまい。


春原「…………」


レジャーシートの隣で横たわる春原からは返事がない。
それはそうだ。現行犯で杏に目撃されたのだからどうしようもない。
何を目撃されたか、流れ図で説明すると


杏が箸を教室に忘れたので取りに戻る。

俺と春原中庭到着。

委員長がご飯をおごってくれると勘違いして迫る馬鹿が一人。

杏帰還


とまぁこんな想像通りの成り行きで妹がたかられている現場を目撃した杏が平和的に何をしていたなんて話し合いが行われるはずがない。
目にも留まらぬ速さで辞書を取り出し、春原へと命中させた。
春原が被弾した物をよく見れば広辞苑。一体あいつの筋力はどれ程のものなのか。

そういうわけで、身の程知らずな馬鹿は一撃で沈んだという事だ。


椋「あの、おいしいですね。お姉ちゃんのお弁当……」

朋也「そうだな。そう言えばそっちはあれから弁当の練習はしているのか?」

椋「えぇと、練習はしているのですが……うまくいかなくて」


控えめに照れ笑いしているのが今付き合っている杏の妹、藤林椋。
この子とも色々あった。
最終的には友達に戻りましょうとの事だったのだが、そんな簡単に戻れるはずもなく……少し距離を置いた関係になっていた。
しかしそんなぎこちない態度が我慢ならなかったのか、

「あーあんたたち気を遣いあってんの見ててイライラする!」

杏の一言でこうやってたまに一緒に昼ごはんを食べるようになった。
何だかんだで俺たちに気を遣ってくれたのだろう。
その気持ちを無駄にさせないためにも俺はなるべく椋と話をするように心がける事にした。


杏「まったく。一人暮らしになったら自炊とか大変なんだからちゃっちゃと覚えちゃってよね〜」

椋「うん。ごめんね。迷惑ばかりかけちゃって…」

杏「あー謝らなくていいから! ほらさっさと食べよ!」

朋也「へぇ一人暮らしするのか? 委員長様は?」


だけど椋、と気軽には今は呼べない。心のどこかでブレーキがかかるみたいにどうしても意識してしまう。
それでも藤林と他人行儀な呼び方もできない、俺の精一杯の妥協ポイントで話を振ってみる事にした。


杏「ん? あぁーこの子ね、高校卒業したら看護学校に入るみたいだから。そこって寮がないわここから遠いわで仕方なしに一人暮らしするしかないってわけ。あ、別に椋と寮をかけちゃいないわよ?」


朋也(だれもきいてねぇ)

とは言えない。
あいつの隣に横たわりたくもないから。


朋也「でもえらいんだな。ちゃんと自分の目標が決まってて」

椋「とも…お、岡崎君は進路決まっていないんですか?」

名前の呼び方は向こうも気にしているのか、言い直す辺りやっぱり椋らしかった。
だから、俺も気にしない事にして会話を続ける。

朋也「んー。まだやりたい事決まってるわけじゃないんだ。かといって進学できるほど頭もよくないから、正直分からないとしか言いようがないな」

春原「ははっ。ニートかよ。だっせー!」


春原がそんな事を言った瞬間、重たく鈍い音が春原のいる方向から聞こえた。


春原「ぐぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!」


春原の方を見ると、いつの間にか春原の顔面には和英辞典がめり込んでいる。

毎回思うのだが、こいつはどこから辞書を出しているのか。
今度ボディチェックでもしてみるか?

…………。

何回シュミレートしても悲惨な結果が待っているので諦めることにした。


杏「私の彼氏に何か素敵な言葉を吐かなかった?」

春原「い、いえ……」

杏「よろしい」


いつの間にか復活したゾンビは即座に黙らされた。しかし……。


春原「でもいいの? ニートの彼氏とかって世間的にどうなんだろうね? 親とかさ。あまりうけよくないんじゃないの?」


と春原が喋った瞬間、ピシッと空間が割れる音がした。


杏「……」

朋也「……」

椋「……」

春原「え? ど、どうしたの? みんな??」


場の雰囲気が読めていない馬鹿を放っておき杏が沈黙を破った。


杏「朋也……」

朋也「いやだ」


予知と言っても過言ではない先の展開の読みやすさに、俺はすぐさま用意しておいた言葉を杏に叩き付けた。


杏「まだ何も言ってないでしょーが!!」

朋也「うるせぇ! 言いたい事くらいこの空気で分かるわ!!」

杏「なら断る必要ないじゃない!! 私の彼氏がニートだなんて陽平と腕組んで『この人が私の旦那で〜す』って拡声器片手に町をうろつくのと同義なのよ!?」

春原「あの……僕の存在意義って一体…」

杏「とゆーわけで朋也! 今日からはびしばし勉強教えるからね! いいわね!?」

朋也「なんでだよ!? 大学行かなくても働けばいいだろ!?」


と言ったところでなぜか杏の様子が変わり、何かぶつぶつ言い始めている。
その言葉に耳を傾けて見ると、


杏「働くなんて……へ、変な誤解与えちゃうかもしれないじゃない。 彼氏が働いてるなんて、その……同棲してて夫が稼いでるみたいで……なんか夫婦みたいじゃない……あ、でも別に嫌いじゃないけど、私達まだ学生だし……」


そっぽを向いて頬を赤らめそんな事を口にしている杏。
終いには、顔をさらに赤らめて、


杏「そ、そんなの私たちにはまだ早すぎるわよ! そりゃぁ一緒のキャンパスライフっていうのも魅力的だけど! でも……」


とか訳の分からない言葉を発している。
いつもなら可愛い……と少しの間何とも言えない気持ちに浸れるのだが、残念ながら今は全く何の感慨も感じない。


朋也「委員長。お前の姉はアホアホ春原菌に感染してしまったらしい。看病を頼む」

椋「え? あの? 岡崎君!?」

朋也「じゃーな!!!」


そう言い残し妙な妄想をしている杏とおろおろしている椋、そして妄想している杏になぜか殴られている春原を残して俺は中庭を後にした。









その後の休み時間はトイレで過ごし、放課後は悪の部長を使用してなんとか杏の目をごまかし、無事に帰宅した俺はいつもの場所に向かった。





朋也「で? なんでこうなってるわけだ?」


いつもの居心地のいいはずの俺の領域にはよく見知った彼女が座り込んでいた。


杏「あんたの行動パターンなんてお見通しよ。さっ、勉強始めるわよ?」

春原「あの、ここ僕の部屋なんですけど……」

杏「あ、悪いわね〜陽平。お茶」

春原「全然悪く思ってないですよねぇっ!?」

朋也「おい」

春原「なんだよ?」

朋也「俺にもお茶」

春原「あんたもかよ!! いい加減出てけよ!!」

杏「うるさいわね〜朋也が進学できなくていいっていうの!? 私の人生の一大事なのよ?!」

朋也「杏……本気なのか?」

杏「当たり前よ! じゃないと……」

朋也「じゃないと? なんだ?」

杏「な、なんでもないわよ! いいから勉強するわよ!」

朋也「そうか……、残念だが杏。今まで楽しかった。さようならだ」

杏「朋也……本気で言ってるの……?」

朋也「あ? うっ……」


いつもなら笑顔で辞書を飛ばしてくるはずの奴はがっくりと落ち込み気味に、そして助けを乞うような目をしながら見つめてくる。

朋也(なんだ? いつもは狂犬みたいなこいつの目はいつの間にか拾ってくれる事を訴えかけているような捨てられたチワワの目になっている!?)

その時、俺の中で初めて天使と悪魔と言うものが戦いを始めた。

天使(だめだよ、朋也君。君の事を大切に思っている彼女の意思を尊重してあげないと!)

悪魔(いや。こいつは私利私欲のためにやっていることじゃないか! さっきも口にしていたじゃないか! 私の人生のとか言って。自分の事しか考えていない証拠じゃないか!)

天使(違うわ、杏ちゃんは自分が本当に伝えたい事は自分から言えないのよ! ここから彼女の優しさを受け取れないなんて……朋也君、君は杏ちゃんの彼氏なんだからそーゆー所は分かってあげないと!)

春原(いいから追い出していつもの安心した空間を取り戻そうぜ! じゃないとボンバヘッ! できないじゃないか)

悪魔(彼女の意思を尊重してあげよう。)

天使(そうしましょう)

春原(なんでっ!?)


勝手に人の理性対決に入り込んだ馬鹿一匹への嫌がらせのために天使と悪魔が手を組んだ。
さすがは俺の天使と悪魔。利害の一致がばっちりだ。


朋也「はぁー。杏」


俺はため息をつきながら杏に向き合った。

杏「なによ……」


杏は少し拗ねた様子で俺を見返してきた。


朋也「受からなくても責任は取らないからな」

杏「朋也……!! 大丈夫! まっかせなさいって!!」

春原「あぁ……僕の聖域が侵されていく…」

杏「あーもーぎゃーぎゃーうるさいわねー。あんたも男なら潔く腹くくりなさいよね!」

春原「岡崎。付き合っても……性格変わったりしないの──グベッ!!!」


と喋っていた春原の脇腹にフランス語? らしい辞典がめり込んだ。
お前はフランス語も勉強しているのか?
彼氏をしていても謎は深まるばかりだった。





それからは毎日、春原の部屋で勉強会が行われた。
俺の家でやるのはとても嫌だったから。誰もあの家には近づけたくない。それは例え春原であっても。
かといって杏の家は……


杏「ん? え? 私の部屋!? だめだめだめ!! ぜっっっったいに入れないからねっ!!!」


と物凄い勢いで拒否されたため諦めた。
そこで最終候補にあがり、満場一致で決まったのが春原の部屋だった。

最初こそ、

春原「僕の部屋にプライベートはないんですかねぇっ!?」

と言っていた春原も、やる事がなくなってきたのかいつの間にか一緒に勉強をやり始めた。
そうしていつの間にか夏休みを迎え、気づけば椋も加わり俺たちは机を囲んで勉強をしていた。

勉強を教えてもらうまで気づかなかったのだが杏の教え方はとてもうまい。驚くほどに。
そしてまるで人をマインドコントロールでもしてるんじゃないか? というほどに人を乗せて勉強させるのがうまい。
まぁ横の馬鹿が掛かりやすいだけだが。


杏「へぇーやるじゃない、陽平。この問題受験に出る問題で結構な子が頭悩ませて解けない問題なのよ?」

春原「ほんとう? へへっ。聞いたか? 岡崎。僕の本当の実力なんてこんなもんさ!」


中学校一年の数学の問題集を片手に威張る馬鹿。ちなみに今やっていたのは鶴亀算だ。きっと受験も中学レベル。
今の時代下手したら小学校レベルでも解けるような問題かもしれない。

朋也「おーおーすげぇなー。確かにそんなもんだな。くっそー俺も負けてらんねーよ」


やる気なくそう答えると、


杏「じゃぁー負けずに頑張ってねー!」


と渡される大学受験用の過去問五年分。俺は果たしてこの長い坂道を登りきることが出来るのだろうか……。


杏「さー残すところあと五ヶ月! 頑張るわよー!」


一人張り切っている杏。
その隣では椋が控えめに笑っている。
勉強嫌いな春原もいつの間にかやる気になっている。
なによりこんなにやる気になっている杏は久しぶりに見る。

朋也(ならその気持ちは無駄にさせては可哀想だな)

そう思い目の前の問題集を殲滅させる事に集中するのだった。



二学期が始まり教育指導の先生と進路指導の先生との地獄のような会談を済ませ、進路相談時に推薦された大学に受験した。
そしてその大学の合格発表日にとうとうたどり着いたというわけだ。


それが今までの経緯。


その後、無事高校を卒業して晴れて俺たちは大学生になった。








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〜あとがき〜

ども〜初めてSSというかちょっとでかい規模の小説「杏アフター」を書き始めましたTKOと申しますです。
これから少しずつ掲載をしていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いしますです ペコリm(_ _)m





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