第2話  変わるもの、変わらないもの







大学生になっても特別何か変化が起きるわけでもなく平凡に毎日を過ごせると思っていた。
でも時が経てば、立場や環境だけはしっかりと変わってしまう。



春原は当然卒業と同時に学生寮を退寮になり呆気なく行き場を失くした。
その後、アパートを探す時に戸惑っていると見るに見かねた美佐枝さんが、仕方無しに知り合いの安いアパートと漫画喫茶という仕事先まで紹介をしてくれた。
卒業後の面倒まで見てくれるとは美佐枝さんも人が良いというかなんと言うか。


椋は無事に看護学校へ入学が決まり秋口に出来た彼氏と一緒に同棲をしながら学校に通っている。
あの大人しかった椋がそんなに大胆になるとはとても驚きだった。
杏の話では両親を説得する時の椋の気迫はまるで別人の様だったと言っていたな。
何にせよ毎日を楽しく過ごしているのは間違いないだろう。


俺は杏と付き合い始めた頃から何も変わらず、恋人としての時間を満喫しながら楽しく過ごしている。


昨日に比べると大して変わっていないように見える俺の在り方も確実に去年より変わってきている。
それを俺は大学生になった事で実感しつつあった。

人は変わっていく。

町も変わっていく。

気付いた時には俺の周りにはどんな景色が広がっているのだろうか…………。











そろそろ本格的に暑くなりそうな六月の半ば。
少しだけ講義が早く終わったので俺は大学の掲示板の前で自分に関わりそうな連絡事項がないか確認をしていた。
ちなみに春原はバイトで大学には来ていない。
一通り確認を終えて帰ろうとした所、後ろから良く耳にする声が聞こえた。

杏「あっ朋也! ちょっと待ってー!」

ちょうど講義を終えたのだろう。
一緒にいた友達に「バイバ〜イ」と手を振り、去年と同じくらいに伸びた綺麗な長い髪を左右に振りながら杏がこっちに走ってくる。
杏「つかまえたっ! 朋也、一緒に帰ろう」

杏は嬉しそうにそう言いながら、抱きつく形で俺の右腕に両腕を絡めてきた。
少しだけ可愛い奴め。と思ってしまう。

朋也「あぁ、つか友達はいいのか?」
杏「あの子達はサークルがあるから」
朋也「そうなのか? なら帰るか」
杏「ね、朋也。私デザートが食べたい気分なんだけどなー」
朋也「ったく、結局狙いはそれか。無駄だ。今俺は金がない」
杏「えーいつもないじゃんー。あんたも陽平みたいにバイトしなさいよねー?」
朋也「一応それなりの貯金があるからいいんだよ」
杏「ふーん。ま、あんたがいいならいいけど……。じゃぁー私イチゴパフェね」

屈託のない笑顔で杏はそんな事を口にする。

朋也「一つ疑問に思う。今の話からどうやっていけばそんな言葉が出てくるんだ?」
杏「彼氏の甲斐性を見せる時よ!」
朋也「勝手なこと言いやがって……。しゃーねーな。一番安い奴だけだぞ?」
杏「さすが朋也、だから好きー!」

杏はそんな事を言って、絡める腕にさらに力を込めてきた。

朋也「はいはい…」

そんな事を話しながら杏に連れ添い大学の校門を通り過ぎ喫茶店に向かう。
横には杏が楽しそうに歩いている。
もちろん俺の右腕に杏の左腕が組まれたままだ。
何か話す話題がないものかと思いしばし考える。
そして先ほど思った事を話題にあげた。

朋也「そういえばさっき走ってきた時に思ったんだがお前の髪も結構伸びたな〜?
    もう去年と比べてあまり変わらないくらいじゃないか?」
杏「んー? そうね。今の長さは切る前より少し長いくらいかも」

組んでいる逆の手で髪の毛をいじりながら杏はそう答えた。

朋也「もうすぐ暑くなるのにいい加減暑苦しくないのか?」
杏「あんたが長い髪の方が好きって言ったからでしょ? 暑さくらい気にならないわよ」
朋也「髪の長さで好きか嫌いかなんて変わらないってのに……」
杏「へぇー。髪の長さで好きな子が判別出来なかったのにねぇー?」

ニヤニヤしながら今度は髪の毛をいじっていた手を俺の脇腹へ伸ばしつついている。

朋也「くっ……」

俺には何の反論も出来なかった。
というよりしなかった。

(本当にあの時は椋に謝る事で頭がいっぱいだったから仕方ないじゃないか)

もう以前に何度としている反論なので心の内に留めておく。
杏もそれを分かった上で言ってくるからこの話題は必然的に圧倒的不利な俺が黙るしかない。
今回はとても残念な事にこの話題を振った俺のミスだった。

杏「ま、所詮朋也はその程度の人間って事でしょ」
朋也「お前……なんか最近ますます言動がきつくなってないか?」
杏「そう? 嫌いになったんじゃないかってこと?
   そんな事あるわけないじゃない。ほら、ちゃんと腕組みながら歩いてるし」
朋也「そうですか……」
杏「それに……」

と言って杏がうつむいた。
あまりに突然で不自然なうつむき方。

朋也「杏? どうしんんっっ!?」

どうしたんだと思い顔を覗き込んだ途端、いきなり顔を上げてきて……。


杏の温かくて柔らかい唇が、俺に最後まで言葉を続ける事を許さなかった。


唇が離れていくとともに杏の顔の輪郭がはっきりとしていく……。

杏「……へへぇ……」

何度と繰り返した二人のキス。
しかし案の定、杏は照れ笑いをしていた。

朋也「お前……また、こんな所で……」
杏「嬉しいでしょ? ちゃんと、朋也の事好きなんだって分かってくれた?」
朋也「分かった分かった。俺の負けだ。」

別に勝負などはしてないが何となく勝てないな、と思ってしまう辺り尻に敷かれ始めているのだろうか。

そんなやり取りをしながら俺たちは平和な日々を送っていた。







そんなある日のこと…………。





梅雨だということで、例外なく強い雨が降っている中、俺は春原のアパートにいた。

春原「雨の日はなーんかやる気でないよねぇ」
朋也「そうだな」
春原「あーあ。何か面白い事ないかな〜?」
朋也「さぁな」
春原「バイト休もうかな〜?」
朋也「あぁ」
春原「…………。岡崎。人の話聞いてる?」
朋也「いや、全然」
春原「あっそう。じゃぁ、僕バイトに行くけど岡崎はどうするの?」

春原は立ち上がり、バイトに行く準備を始める。

朋也「あぁ。そうだな。帰るわ」
春原「そ。じゃぁねー」

春原と一緒に家から出るのは気が引けたので一足先に家を出た。
そうして自宅へ向けて歩き出す。
時刻は午後十時を回ろうとしていた。

(このまま家に帰るか、他の場所で時間を潰すか…)

手持ちの財産と相談をした所、どこかの店で時間を潰すのは無理だと判断した。
そして雨もますます激しくなりそうだったので、コンビニで立ち読みして時間を潰すのも諦め、仕方なく家に帰る事にした。









家に着くといつもは漏れている部屋の明かりが今日に限っては消えていた。

(珍しいな。この時間に家にいないのか?)

そう思い、鍵を開けて家に入る。

毎日この時間は居間でテレビを見ている親父がいるのだが、今日は電気もついてなく静かだった。
俺は居間を一瞥し、自分の部屋へと向かう。

(明日は3限からか。いつも通りの時間に起きればいいな……)

高校生活の中で培ってきた自分用の起床時間に起きればいい事を確認して、自分の布団に寝転がった。
そして俺は雨が奏でる子守唄の中、眠りについた……。



───ジリリリリリ!!!!


朋也「ん………」


滅多に鳴らない電話がけたたましく鳴っていることに気付いた俺は、眠りから覚めた。
時計を見れば深夜零時半を回ろうとしている。
眠りから覚めても未だ覚醒していない頭で電話の鳴っている場所まで移動する。

(一体こんな時間に誰が何の用だ、迷惑この上ない)

悪態をつきながら俺は電話を取った。

警官「もしもし、私○○署の××と申しますが、岡崎さんのお宅でしょうか?」

朋也「はぁ、そうですけど……」

未だ覚めない頭でそう答える。
覚醒していない頭では相手の言葉をいちいちちゃんと理解できるはずもなく、
相手が誰であるかと言う事を俺の頭は認識していなかった。
しかしそんな事はお構い無しに、電話越しの相手は単刀直入に

警官「今すぐに光坂病院にお越しください」

と言った。

朋也「……は?」

いきなりの病院に来いと言われ、思考が追いつかない俺はそんな素っ頓狂な声を上げていた。
一瞬にして眠気が飛び、そうして今初めて自分がどんな状況で、誰が電話の相手で、今から何をなすべきかを理解しようとしていた。



警官「落ち着いてください、もう一度言います。君のお父さんが事故に遭われて意識不明の重体に陥っています。
    至急、光坂病院にお越しください」



再度、相手の人がはっきりと現状と何をするべきかを告げる。





その言葉を聞いて完全に状況を把握した俺は、受話器を耳に当てたまま動けなくなってしまった。







外の雨は激しさを増し、このまま止むことが無いのではないかというほどに強く降り続いていた……。












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〜あとがき〜

初めましての人は初めまして。すでに来られた事の方はまた来てくれてありがとうございます。
さて、杏アフター第二話は少しボリュームに欠けていますが物語がいよいよ始ったという感じです。
これからどうなるのか少し予想はつきますでしょうが、温かい目で見守ってやってください(笑

それでは、また。






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