最終話  誓い





 親父との関係を取り戻してから数ヶ月。
 老いた葉がその役目を終えて落ち、寒さが際立つようになる季節。

 俺は親父の実家近くの、とある場所に来ていた。




 目の前を歩いていた親父が足を止めた。


 目の前に佇む墓石を静かに見つめる。
 そして、手を合わせた。

 親父に倣い、俺も目を閉じ、手を合わせる。

「久しぶりだね、敦子」

 親父の声をきっかけに、俺は目を開けた。


 そこには、俺の知らない目をしている親父がいた。
 とても優しい、慈しむような目。
 それはきっと、生涯愛すると誓った人へ送る眼差し。


「長い間、ここに来れなくて、すまなかった。今日は、朋也も一緒なんだ」

 そう言って親父は、俺に手招きをする。
 俺は言われたとおりに、親父の隣に立った。


「敦子。これが……朋也だ。どうだい、大きく育ったろう」



 その時、風が吹いた。


 真っ青な空の下、澄んだ空気の中、とても優しい風が周りの木々を揺らす。
 葉の擦れる音が、耳に優しく聞こえる。


 それは、愛する人の訪れを喜び、呼びかけに応えるように。

 それは、愛する子供の訪れを喜び、愛する息子に語りかけるように。


 母は、幾年もの間、訪れる事すらしなかった親子を……温かく迎え入れてくれたような気がした。




 俺は生まれて初めて訪れる母の墓に、少しだけ後悔をして、しかし、それ以上の感謝を込めて墓石を洗った。

 丁寧に、優しく、そして心を込めて……。



 その後、親父がこれまでの生活を母に向かって語った。


 どんなやり方で育てていけば分からず、四苦八苦した事。

 職を転々としていた事。お金がなかった事。

 お金がなくても、俺の事を第一に考え、自分の事を顧みずに守ってきた事。

 それが自分にとっても、俺にとっても幸せになれると思ってきた事。

 しかし、俺が成長するにしたがって、二人の間に溝が出来た事。

 そして……俺に怪我を負わせ、とうとう心が折れてしまった事。


 祖母から、親父がどういう気持ちでいたかを聞いていたが、やはり自分は何も分かっていなかったことを自覚した。

 辛かったであろう過去を話している親父の顔は────とても穏やかでで、清清しく、そして何より……眩しいほど、笑顔だった。





 そんな親父の顔を見た俺に、ある決意が湧き上がった。






 俺は、その決意を胸に、母と父に誓った。







   ◇   ◇








 吹き抜けるような空の下、隣にいる杏のヴェールがなびく。



 それは、二人を祝福するように……

 それは、二人を冷やかすように……



椋「お姉ちゃん、綺麗……」

春原「まぁー僕は、近いうちにこの日が来るとは思ってたけどね。……しっかし、幸せそうだなぁ〜あの二人」

智代「あの岡崎がこんなに早く結婚……うん、人生はどうなるか分からないものだな」

渚「く゛すっ……感動し゛て゛涙か゛……ど゛ま゛ら゛な゛い゛て゛す゛〜〜」


そんな騒ぎ立てる観衆を見守り、包み込みように、とても心地の良い風が吹いていた。





 あの場所で誓いを立ててから早4年。


 大学で猛勉強をした俺は、無事に大学を卒業して、親父と同じ職場に就く事を選んだ。

 親父の同僚は、俺が就職先にそこを選んだ事を伝えると、喜んで受け入れてくれた。


 ──また一つ、新しい居場所が出来た。


 そう思うと、心が温かい気持ちで満たされた。

 ちなみに杏は、前々からやりたかったと言っていた保育士になった。


 そして、それから半年。



 俺は杏にプロポーズした。



 最初こそ、驚き、戸惑い、どうしたらいいか分からないようだったが

杏「まー面倒見る子が一人増えたと思えばいっか」

 と、明後日の方向を向き、今まで見たこともないくらいに顔を赤くして、俺の気持ちに応えてくれた。




 ──そして今──



 俺は今日から、杏と共に新しい道を歩き出す。

 守られる人生じゃない。誰かを守っていく人生。

 それは今まで考えもしなかった人生。想像する事も出来ない。

 しかし、不思議とやる気に満ちていた。



 高校の時は、変わるのが煩わしいと思っていた。

 何も変わらないのが、一番の幸せだと思っていた。

 しかし、一歩だけでも足を踏み出してみれば、そこには違う何かがある。

 そこにいるだけでは見えなかった、様々な人たちの想いが、俺にはあった。

 俺は、変わらない事で、俺を想ってくれてる人たちの想いを無駄にしたくない。

 想ってくれる人に、何かを返したい。



 親父の生き方は、俺にそう思わせた。

 教えられはしなかったが、親父の生き方で学んだ事。

 この思いはきっと、とても大事な事だから……。





 赤い絨毯の上を杏と共に歩く。

 周りには学生時代の友人数名、仕事場の先輩、そして…………


 親父と目が合う。

 その目を見て……

 あの日、誓った言葉を思い出す。




 ──母がその人生の終わりまで俺の事を想ってくれたように──



 ──父がその人生を俺の為に費やして守ってくれたように──



 ──俺にしか守れないものを生涯かけて守るとあなたたちに誓う──





 教会の鐘が、二人を祝福するように音を奏でる。






 「朋也っ♪」







 俺は、目の前の、俺にしか守れない人を抱きしめ…………






 誓いの口付けを交わした。











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〜あとがき〜

TKOです。

長い間更新が出来なく、まことに申し訳ありませんでした。
ラストは決めていたのですが、それに合う話の流れがちぐはぐになってしまいまして
書いては消して、書いては消してという作業をいつもの5倍はしていました(苦笑

さて、短い間でしたが藤林杏アフター、お楽しみいただけましたでしょうか。

楽しんでいただけたら幸いです。

楽しめなかった方、どこが楽しめないか具体的にアドバイスを頂けたらと思います。


ご協力いただいた方、応援をしてくれた方、この話を読んでくれた方、全ての方への感謝の気持ちでいっぱいです。




ありがとうございました。








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