第一話 夜天の約束 




闇の書事件が幕を下ろしてから一ヵ月後。


事件の当事者であるはやてとその騎士たちは時空管理局へと連れてこられていた。
と言うのも、

「さて、今日で君たちの裁判の結果が決まるわけだが……」

クロノの話すとおり、今回の騒動についての裁判の結果が出るからである。
そして今この場には、クロノの説明を受けるはやてとヴォルケンリッターズの他にユーノ・スクライアの姿があった。

「……と言う風に受け答えをすること。何か質問は?」

クロノが周りを見回す。すると、

「なんでここにコイツがいるんだ?」

ヴィータがそう言って、ユーノに対して指を指した。
共に戦ったのにもかかわらず未だに警戒心を解いていないのは、おそらくヴィータが人見知りだからなのだろう。
そんなヴィータにはやてが注意をした。

「こら、ヴィータ。人を指さしちゃあかんやろ」

指を向けられたユーノは苦笑いをして、

「今回の裁判──」

「いや、このフェレットもどきにはそれくらいの扱いでいいんじゃないか?」

ユーノが説明し始めようとした時にクロノが口を挟んだ。
その顔は相変わらず無表情を装っているが、しかし言動が明らかにユーノを挑発していた。

「フェレ……おいクロノっ! 僕に何か恨みでもあるのか!?」

「いや、特にないが。気にするな、場を和ませるジョークだ」

「最近はフェレットになってないだろ!」

二人がそんな言い合いをしていると

「なぁ、本当にこいつらに任せていいのか?」

と、呆れ顔のヴィータ。

「ふーん、ユーノ君はフェレットなんだ〜?」

と、怪しげな笑みを口元に浮かべるシャマル。

「「……」」

シグナムとザフィーラは黙っており

「まぁまぁ、二人とも少し落ち着いて。な?」

残されたはやては二人をなだめる役となった。










「コホン、まぁーそんな感じで僕とユーノで一応証人側で答弁をするからその点は安心して欲しい」

「うん、ありがとうな」

クロノがはやてに視線を向けると、それに答えるようにニッコリと笑みを返す。

「事実上はやての境遇、事件のきっかけ、これらについて判断すれば判決無罪になるはずだけど……」

「けどなんだよ?」

「これだけの大事件を起こして無罪にする事に疑問視する人が多数いるみたいだから……うまくいくかどうか分からない」

クロノは冷静にヴィータに対して簡潔に疑問に答えた。
しかし、その口調はヴィータには冷たく感じたのだろう。すぐにヴィータは熱くなり、

「なんでだよ! はやては悪くねーだろ!?」

「うん、だから僕の出番なんだ」

ヴィータの反応に対してすぐにユーノが答えた。

「どーゆーことですか??」

シャマルは首を傾げ、ユーノを見た。そしてユーノがクロノへと目配せするとクロノは静かに頷き、口を開く。

「闇の書……いや、夜天の書について色々と詳しい情報を引き出す事で今回の事件を円滑に解決できた。この事実は揺ぎ無い」

「調べれば必ず答えが見つかる場所だからね」

「その事で無限書庫の情報の重要性、信憑性が前よりも高くなった」

「だから無限書庫の情報を元にはやてに非がない事を証明すればいいんだよ」

「守護騎士ヴォルケンリッターについては一年間保護観察の監視下に置き、安全だと証明できればいい。責任は全て僕が持つ」

ユーノとクロノで交互に説明を挟み、クロノは視線をヴォルケンリッターに向けた。
その視線に応えるようにヴォルケンリッターズは頷き、はやては真剣な表情でジッとクロノを見つめている。

「ヴォルケンリッターズは決して主の命に背かない。それを分かってもらえばあとははやてが無実である事を証明して今回の裁判は終わりだ」

「だからはやての無実を証明するのは僕の仕事ってわけさ。その為の資料を用意するのに今日までかかったんだよ」

二人の説明は、はやてに頼もしく見えたのだろう。

「うん、二人ともおおきに。ありがとうな」

そう言って、頭を下げた。









そして……

裁判の結果は八神はやての無罪、その代わりにその類まれなる能力を生かして本局監視下で特別捜査官候補生として従事する事で決着した。
はやて同様、ヴォルケンリッターの方もクロノが提示したとおりの結末で幕を下ろした。







    ◇    ◇







その日の夜、本局に泊まる事になったはやては、宿舎の前の広場で一人夜空を見上げていた。


──みんなどうしてるかな。


思いを馳せるのは、今回の闇の書事件で出会った同じ年の二人の女の子。
最後までリインフォースに声をかけてくれたなのはとフェイト。
二人に対して感謝しても、し足りない。
そんな二人とは、事件以降はやてが退院すると共に時空管理局へと身柄が引き渡されたので、それ以降は会えていなかった。
星空を見上げて、はやては心の中でつぶやく。


──私は大丈夫やよ。


今回の事でたくさんの人に迷惑をかけてしまった。だから、償わなくてはいけない。
それはとても想像も付かないくらいに大変なことだろう。
それでもはやてはそこで諦めるわけにはいかなかった。
事件は悲しい思い出も残ったけれど、悪いことばかりではなかった。

そして思い出すのは、自らが名をつけた祝福の風の事。


「リインフォース……」


口に出たのは魔法という力をくれた闇の書、いや夜天の書の意思。
騎士たちと同じように、はやての事を護りきろうとした優しい子。
事件が解決すると同時にはやてを守るために自らの意思で消えてしまった、はやての分身。
そして、なのはとはやてから聞いた……リインフォースの決意。

去年の誕生日から始まった日々は今まで見てきたどんな物語よりも温かくて、どんな物語よりも……悲しかった。

はやてはそっと、首にかけているペンダントを両手で包み込む。

──リインフォースも安心してな。私は精一杯、頑張って生きてみせるから。

リインフォースの決意を聞いたとき、はやてにはある一つの決意が生まれていた。

『私の様な……いや、リインフォースの様な悲しい出来事を増やしたくない』
『だから私は、リインフォースから授かったこの力で──色々な人を助けたい。誰も傷つかないように……』

事件の後に考えるのは罪悪感でもなく、贖罪でもなくただそれだけを考えていた。

「リインフォースも応援してくれるよね?」

見上げた夜天の空には無数の星が瞬き、その輝きがはやての疑問に答えてくれるようだった。











静かな夜の帳が下りる中、背後から誰かの足音が聞こえてきた。
その足音ははやての近くで止まり、声をかけてきた。

「こんばんわ。何してるんだい?」

声の主はユーノ・スクライア。
ユーノの存在を確認したはやては、視線をまた夜空へと返す。

「ううん、ただ夜空を眺めてたんよ」

「夜空? あぁ、綺麗だね」

ユーノははやてにつられて夜空を見上げた。
少しだけ二人の間に沈黙が支配していたが、その沈黙を先に破ったのははやてだった。

「あんな、ユーノ君。今日はほんまにありがとうな」

「いや、今回の事件もロストロギアが関わってる事件だからね。以前にも色々あってから今は僕もできるだけ手助けをしたいって思ってるんだ」

隣にいるユーノは力強くそう答えた。
ユーノが言った色々な事、それははやてにとっては初めて聞く話ではなかった。
以前、ありさとすずかにはやて達三人の事を打ち明けたときにロストロギア・ジュエルシードの事件があった事を知った。
なのはとユーノ、そしてフェイトはその時に知り合ったんだという。

ユーノに視線を戻し、様子を伺う。
事件の経緯はある程度聞いてはいるがユーノはさらに詳しい事情を知ってそうだったので、はやては興味本位で少しだけ尋ねる事にした。

「ジュエルシード事件ていうのは何がきっかけで起こったん?」

はやての問いにユーノは少しだけビックリした様子ではやてを見返した。
事件に興味が示されるとは思わなかったのだろう、しかしゆっくりとユーノは語り始めた。


自らが発掘した古代遺失物、ジュエルシードのこと。

しかしある事故がきっかけでジュエルシードは海鳴市周辺に散らばってしまったこと。

そしてなのはとの邂逅。フェイトとの決闘。そして時空世界を巻き込んだ大きな事件に発展したこと。

様々な思い、出会い、別れが悲しく折り重なった物語をユーノは1時間ほどかけて話した。

そして

「あんな悲しい事件はもう二度と起こさせたくない」

ユーノは最後にそう呟いて夜空を仰ぎ見た。
その言葉にどれほどの想いと重さがあるのだろう。
それははやてには分からない。しかし、はやてはユーノの言葉を聞いた瞬間に、


──同じだ。


そう感じた。
自分の力だけでは止められなかった後悔。
いや、そもそもその事件を引き起こしてしまった事を悔やんでいるだろう。
それははやても同じ気持ちだった。

「そっか」

少しでも傷つけられた人を助けたい。
それは慢心でも、同情でもなくただ自分にそう課している。
そんなユーノにはやては共感を覚えた。


やがて、そんな二人の間にまた静寂が訪れた。


同じ志を持っている二人が同じ時間、同じ風景を共有している。
その胸中はどんな思いで彩られているのか。
これからも変わらず人々を助けていくと、決意を新たにしているのか。
今まで傷つけてきたたくさんの人たちの事を思い出しているのか。
それとも──。

そんな事を考えていたはやてに、今度はユーノから声がかかってきた。

「はやてはこれからどうするんだい?」

「これから?」

「そう、少しの間は保護観察の監視下で暮らさないといけないけど、何かやりたいことはあるの?」

「私は……」

そう言ってはやては口を噤む。
正直な事を言うと、やりたいことはたくさんあった。

初めて出来た同年代の友達、すずかやなのはやフェイトやアリサと遊びたい。
魔法という今まで考えもしなかった出来事をもっと追求したい。
今まではやての事を守ってくれたヴォルケンリッターにお礼を兼ねてどこかに遊びに行きたい。

しかし、そのどれよりも大切な約束がはやてにはあった。


──あなたがいずれ手にするであろう新たな魔導の器に、この名を送ってあげて頂けますか?


別れ際のその一言が鮮明に蘇えり、はやては金色に光る剣十字のペンダントをそっと包んだ。

そして、


「私は──リインフォースをもう一度この世界に呼んであげたい」


そう、力強く宣言した。

はやての言葉にユーノはすぐにはやての胸中を察した。


「そっか……。うん、なにかできる事があるなら僕も手伝うよ」

「うん、おおきにな。ユーノ君」

幾千もの星が輝く夜天の空の下、月の光に照らされて二人は小さく微笑みあった。











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