第二話 はやての想い
「古代ベルカ式に関する本?」
ユーノは手に持ったスプーンを皿に置いて、はやての言葉を繰り返した。
その言葉にはやては、
「そうや」
ニッコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
「どうやったら魔法をうまく制御できるようになるか調べたいんよ」
二人のいる場所は食堂。
はやては魔法制御に関する知識を得ようと考え、無限書庫の管理を任されているユーノの元へとやってきたのであった。
はやてが魔法制御について勉強しようと思ったのは一週間ほど前の出来事が切っ掛け。
その日、リンディ提督に呼び出されたはやては本局の会議室へと連れて来られていた。
そこにはクロノとエイミィが座っており、エイミィの目の前には見たことのない杖が置かれていた。
不思議そうに二人を見つめるはやてにクロノは口を開いた。
「君にはこれから何度も特別捜査官候補として任務に当たってもらう事になる。その時には武装が必要だ」
「前の戦闘を見ても分かるんだけど、はやてちゃんの魔力はすぐにでも実践で通用するレベルだからね!」
「どうかしら、はやてさん。ここに用意したのは新しいデバイスなんですけど……使っていただけないかしら?」
「前に見た君の杖型のデバイス。それに似せて作ったものだ」
クロノがエイミィに目配せすると、エイミィははやての元へと来て手に持つデバイスをはやてに手渡した。
その杖はごつごつした見た目とは裏腹に、長年使い続けてきたと思えるほどに手に馴染むような感覚があった。
「それを使って君の実力、それとそのデバイスの性能の確認をしたい」
「確認て言っても今回はデータを取るだけ。どんな形ではやてちゃんが魔力を使用するのか、もしくは使っておかしな所がないかを見るだけだから」
「はい。分かりました」
本格的に始まる魔法の訓練。
はやては迸る胸の熱さと一糸の緊張を共にして訓練所へと向かった。
しかし……結果は想像できないような形で幕を下ろした。
はやての桁外れな魔力出力に耐え切れず、デバイスが壊れてしまったのだ。
その後、エイミィが意地になって特注のデバイスを二機作ったが、どれもはやての魔力に耐えられる代物ではなかった。
はやての魔力の出力制御ができないゆえに起こったのは明白だった。
魔導師になって三ヶ月弱。
魔法がどんなものであるかは知識としては知っていても扱う事が出来ない。
はやてとしては魔法を扱えるという期待が大きかったためにその事がとても悔しくて、情けなく思った。
はやては諦めずに、自分に何が出来るかを考えた。
魔力制御の上達、これは必須だった。
しかし、その為にはクロノに教えを乞いたかったのだが彼は執務官。知り合い一人のために易々と時間が取れるわけではない。
それに魔力制御は一朝一夕でマスター出来るものではない。
その事を考えると、今はやてにできる事は限られてくる。
魔法以外の事。いや、魔法についての情報。特性や技術、歴史についてなどを知る事も大事だと考えた。
そう考えると長年様々な本を読み、記憶力や読解力に多少の自信を持っているはやてには、知識を増やす事が一番自分にあっているように思えた。
もちろん独自で魔力制御の練習も怠るつもりは無い。
その為の本も読んで魔力制御も上達させていくつもりだった。
困った人を助けたい。
その想いを胸に、はやては頑張れる気がした。
しかし──。
資料室の本にある魔力制御についての本をいくつか見つけたのだが、その本でははやてを満足させる事は出来なかった。
というのも調べた結果、古代ベルカ式の魔法を扱うはずのはやてには、ミッドチルダ式の魔法は理解できるにせよ扱えはしないという事が分かったからだ。
そうなれば次は古代ベルカ式の魔法技術習得に関する本を探したのだが、そちらは全くと言っていいほど見つからなかった。
はやては途方にくれた。
自分の魔法体系に関する資料がなかったのだから当然だろう。
この力で色々な人を助けたい。困っている人の力になりたい。
なのに自分は何も出来ない。今この時にも誰かが助けを求めているのかもしれないのに、何も出来ない自分に焦りを感じた。
果たして自分の望みが叶う日はいつになるのか。
はやては深いため息をついた。
このままでは、今までと変わらずに自分だけが守られている立場になってしまう。
そう思ったとき、ふとある言葉を思い出した。裁判の最終日にユーノが言っていた言葉を。
──調べれば必ず答えが見つかる場所だから。
すぐにはやては考えを巡らせる。
無限書庫を管理しているユーノならあるいは……。
──なにかできる事があるなら僕も手伝うよ。
あの星空の下でユーノが話した言葉を思い出す。
何気ない会話の一部が今のはやてには頼もしく思えたのだった。
そんな経緯があって今、ユーノに頼み込んでいるというわけだった。
事の経緯をかいつまんで説明するとユーノは、何かを考え込むように顎に手をあてた。
古代ベルカ式の魔法技術、またはそれについての制御技術。
確かに今の時代ではミッドチルダ式の魔法が主流になっていて、古代ベルカ式はお目にかかれるものではない。
だからユーノに、いや無限書庫を頼るのは至極当然の事だった。
以前に調べ物を頼まれたのは……闇の書についてだったか。
ユーノはその線で調べれば古代ベルカ式の技術を調べる事ができるのかな? とあたりをつけると、
「分かった。少し調べてみるよ」
そう答えた。
ユーノの目は真剣で、表情は仕事のそれだった。ユーノの頼もしい返答にはやては、
「おおきにな、ユーノ君」
精一杯の感謝と、笑顔で答えた。
◇ ◇
「あ、いたいた」
はやてとヴィータ、シャマルが食事をしている所にユーノが昼ごはんを乗せたトレーを片手に三人に声をかけた。
「お? ユーノ君やないか。今からお昼?」
「うん。やっと仕事が一息ついてね。ここいいかな?」
「どうぞ」
はやては車椅子を少しだけずらし、隣にある椅子を引き出した。
「そんな、自分で出来るのに」
「まぁ、ええからええから」
「ありがとう」
はやての笑顔にユーノは頬を緩め、席に座ると目の前の二人と目が合った。
「はやてちゃんも隅に置けないですね」
とユーノとはやてを見比べてそんな事を言うのはシャマル。
その言葉に、
「ええやろ〜」
はやては悪戯っぽい笑みで答える。
そのやり取りを見て、ユーノはあははと苦笑いをする。
「…………」
そんなやり取りの中、無言のプレッシャーでユーノを威嚇してるのはもちろんヴィータだった。
仲睦まじく喋っていた所に入られたのが気に入られなかったのだろうか。目つきが怖かった。
そんな三人を前にして、ユーノは乾いた笑いをする事しか出来なかった。
「そうそう聞いてな、ユーノ君」
全員の食事がもうすぐ終わろうとする頃、はやてはユーノに顔を向けた。
「あれから私も自分で色々と訊いて回って調べてみたんよ」
「そうなんだ? それでいい資料は見つかった?」
「ううん、魔力制御については見つからんかった」
「そっか……。一応こっちは調べたものを資料としてまとめるのに時間かかっちゃってて、もう少し時間が欲しいかな」
「あ、やっぱり見つかったんか? ユーノ君に頼んでよかったかな〜」
「資料整理をしながらしか出来ないから、頼まれてもう二ヶ月近くも経っちゃってるけどね」
あはは、と苦笑いをして頭をかいてるユーノとはやてにシャマルは不思議そうに、
「はやてちゃん、何か調べてるんですか?」
問いただすわけではない、シャマルはただ純粋に気になった疑問をはやてに訊いてみた。
はやてはすぐその問いに答えず、一瞬だけユーノを見る。
しかし、それも一瞬の出来事。はやてはシャマルへ答えを返した。
「うん。私な、今のままだとお荷物さんやないか」
「そんな! 誰もそんな風に思ってねーよ!!」
「そうですよ、はやてちゃん」
はやての第一声にヴィータは精一杯はやての言葉を否定し、シャマルはやんわりとヴィータの主張を支持した。
そんな二人を見て、はやては目を細めて微笑む。
「二人ともありがとな。でも、私はまだ人を助けられない。デバイスもない。ド素人もいいところや」
今度は先ほどの態度とは打って変わって、二人は黙ってはやての言葉に耳を傾ける。
はやての反応からして、この主張を譲らない事が分かったようだった。
「それでもこの力を手に入れたんやからどうにかして生かしたい。そう考えたんよ」
「まぁ、それは分かりますけど……」
「なんだよ。はやての代わりにあたしらが助ければいい事じゃんか。あたし達ははやての代わりみたいなもんなんだし」
「違うんよ、ヴィータ。確かに私の力でみんなこうしてここにおるよ。でもな、それでヴィータたちが命を助けてもそれは私が助けた事にはならんよ」
はやては苦笑ながら言葉を続ける。
「それに命を救うだけじゃなく、その人には命以上のものがあるかも知れへん。生きるってのはそういう事や。私はそういったことも含めてみんな助けたいんよ」
「なんだ? シャマル、どういうことだ?」
謎かけをされたようにヴィータは苦い顔をし、シャマルへ解説を求める。
「えぇと……つまりはやてちゃん、どういうことかしら?」
しかし、シャマルは困ったようにごまかし笑いをしてはやてに回答を求めた。
するとその時、シャマルの疑問は意外なところから返って来た。
「つまり、命を救う事だけがその人を助ける事じゃないって事じゃないかな?」
ユーノがはやてを見つめてそう呟いた。
隣にいるはやてが少し意外そうな顔でユーノを見つめ、向かいの二人は驚いたようにユーノを見つめた。
そしてユーノの言葉にはやては笑みを浮かべて、
「うん、その通りや」
嬉しそうに答えた。
「なんでだ? 命を救えばそれは救うって事になるんじゃないのか?」
「すみません。私もいまいち分からないんですけど……」
ヴィータはさもそれが当然であるというようにはやてに尋ね、シャマルも同じように弱々しくはやてに疑問を投げかけた。
はやてはそんな二人へ視線を向けると、逆に質問で答えを返した。
「じゃぁ、二人に聞くけど……命があればリインフォースは助かったんかな?」
「「あ……」」
はやての言葉に二人は身を凍らせ、目線をはやてから逸らした。
誰よりも家族の事を想うはやてがリインフォースの事を後悔していない訳がなかった。
そんな気持ちを理解していてもとっさに考え付かなかった二人の罪悪感で、はやての事を直視出来ないのだろう。
「あ、別に二人を責める訳じゃあらへんよ?」
はやては慌てて二人にフォローをして、言葉を続けた。
「ただ、誰かを助ける事について考えたんよ。確かに命は大事や。これは誰にとっても同じで自分から捨ててまう人はまずおらへんよ」
そう言ってはやては少し目線を落とし、
「ただな、リインみたいに事情があって消える事を望んでしまう人がいる。そんなの悲しいと思わへんか?」
はやての問いにヴィータとシャマルは黙り込むしかなかった。
「命が助かったとしても大切な何かを無くしたんじゃ、生きててもしょうがないと思う人もいるかもしれへん。だから──」
はやての目に力が入る。
「その人を助けた後も気持ちよく生きてもらえる。そういうように私は人を助けていきたいんよ」
はやてがそう言い終わった時、ヴィータとシャマルは口を噤んではやてを見ていた。
その目からは複雑な感情の色が見られた。
側からいられなくなっても尚、家族として考えてくれる。リインフォースの決意を無駄にするどころかそんな壮大な決意をしていた自分たちの主を前にして発する言葉が見つからなかったのか。
「なんや熱く語っちゃったみたいやな。ちょっと照れ──」
「できるさ」
はやてが言い終わらないうちに、ユーノが口を開いた。
決して尊敬の眼差しでもなく嫌味の類でもない。その目は真っ直ぐで、はっきりとユーノの意思を宿している。
「はやてになら、できるよ」
再び同じように口にする。
それは無理な希望的観測でもない、これから先にあるであろう出来事が全て分かっているような断定の仕方だった。
そんなユーノの言葉にはやてははにかんで、
「あはは、ありがとうな」
本当に、嬉しそうにそう答えた。
「そうそう、さっきの話に戻るんやけど」
再び姿勢を正してはやてはまだ話の続きがあるようで話し始めた。
「さっき?」
いきなりの話題の変化に戸惑い、どんな話をしていたか思い出す。
「ほら、資料を色々と調べて回ってるって」
「あぁ、それがどうかしたの?」
「それがな……なんと! リンカーコアについての考察本を見つけたんよ!」
「リンカーコアについて?」
「あの……はやてちゃん? リンカーコアについて調べてどうするんですか……?」
ユーノは興味で、シャマルは心配そうに言葉を返した。
「そう、リンカーコア。その本によるとリンカーコアはコピーが出来るみたいなんよ」
「コピーが? ふむ……」
ユーノは右手を顎にあて、はやての言葉を吟味する。
リンカーコア。それは空気中に存在する魔力素を取り入れて自身の魔力へと加工する機関。
そんな事が本当に可能なのか? とユーノは考え、簡単に結論をまとめた。
「確かに夜天の魔導書はリンカーコアを蒐集していたから少なくても保存、切り離しが出来るということが可能なのかもしれないね」
ユーノが出した結論にはやては声を弾ませた。
「そうやろ!? だからもしかしたらリインをもう一度私たちの家族に出来るかもしれないんや!!」
「でも待って、まさか本当に──」
──リインフォースを再生できるのか!?
言葉には出さずともこの場にいる三人は続きは分かるだろう。
結論を急ぎすぎなのでは? と思っても口には出来ない。
それでもユーノの頭の中でまさかという気持ちと、もしかしたらという気持ちが交じり合っていた。
確かにはやてのリンカーコアは夜天の魔導書に耐えられる位に強い。それは本局で調べたときに分かっている。
そして以前にデバイスを壊したと聞いた事から、リンカーコアの密度もそれなりにあるだろう。
常人と比べ、確かにリンカーコアは丈夫かも知れないけど、コピーを作り出す事となると色々と心配になってくる。
「まぁ、まだ詳しい事は分からへんけど、多分これは正解だと思う」
はやては大切にしている金色の剣十字のペンダントを見つめながら呟いた。
「はやて……」
「はやてちゃん……」
ヴィータとシャマルは先ほどと同じように複雑そうにはやてを見つめる。
「分かった。そっちについても無限書庫で調べてみるよ」
ユーノはいつになく積極的に自分から調査を申し出た。
もちろん、まさかという気持ちもあり出来るならはやての応援をしたいと思ったからだ。
「ユーノ君ならそう言ってくれると思ったよ」
とはやては少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、ユーノの脇腹をつついた。
そしてはやては、
「それじゃぁ、私はこれからリハビリがあるからもう行くな」
「あっ! もうこんな時間! ごめんなさい、はやてちゃん……」
「ええって。気にせんで」
「さーて、あたしも次の任務に行くかな」
シャマルとヴィータが騒がしく席を立ち、
「調べ物の件よろしくな」
はやてはトレーを膝の上に置き、車椅子を動かしてシャマルとともに席を離れていった。
「ふぅ」
ユーノは今まで騒がしかったこの席を見て小さく、本当に小さく息をついた。
そして自分も食器を片付けようと立ち上がろうとした時、ユーノを射抜くような視線にも気がついた。
その視線の方向に目を向けると、そこには片づけを終えたヴィータがこちらを見ている。
ユーノがヴィータへと視線を向けた途端、先ほどのプレッシャーは薄らいだ。
ヴィータは一度何かを言おうとして口を噤み視線を落としたが、やがて意を決したように口を開いた。
「おまえ──」
「ほら、おいでヴィータ。おいてくよ?」
しかしほぼ同時に後ろからかけられたはやての声に、ヴィータはその先に続ける言葉を飲み込む。
ほんの一瞬だけ悲しい目をしたヴィータはそのまま振り返ってはやての元へと駆けて行き、そのまま三人は食堂を後にした。
そんな三人の姿を見送ったユーノはヴィータの行動を不思議に思い、首を傾げるのだった。
◇ ◇
無限書庫での仕事を終えたユーノは食事をとり、少しだけ空いた時間を利用して外へと足を運んだ。
歩いている最中にふと目を向けた場所は、だいぶ前にはやてと二人で話した広場。
ユーノは広場へと歩いていくと近くのベンチに座りはやての今日の言葉を思い出すと同時に、ユーノは一つの疑問を思い出した。
「ヴィータは何を言おうとしたんだろう?」
誰に問いかけるわけでもなく、ユーノは呟く。その時、背後からの人影に気付き振り返った。
噂をすればなんとやら。そこに立っていたのは今し方口にした人物だった。
「よう、何してんだよ? こんな所で」
笑顔で言うでもなく、はやてには決して見せる事の無い仏頂面でユーノに話しかけてきた。
「ちょっと外の空気が吸いたくてさ。ヴィータは任務の帰りかい?」
ユーノは笑顔でヴィータに答えるも、
「けっ。いつもニヤニヤしててなよなよしてる奴だな」
そんな事を言われ、やっぱり笑顔も口の端が引きつってしまう。
それでもヴィータがユーノに話しかけてくるのは珍しい。
あまり素直に接してくる事も無いヴィータが、いきなり自分に接触してくる事が気になった。
だからだろうか、少しだけ挑戦的な態度で接してみようと思ったのは。
「もしかして、そんな事を言うために僕に会いに来たの?」
「ちげーよ」
一言でユーノの言葉を切り捨てたヴィータは威嚇するようにユーノを睨んだ。
今にでも食い殺さんとするような目つきをするヴィータに、ユーノはたじろいで自分の発言を後悔した。
「ご、ごめん。ヴィータから話しかけてくるのが珍しいからつい……」
「…………」
ヴィータは黙ってユーノから視線を外し、近くの木に体を預けて空を仰ぎ見た。
「こっち座る?」
恐る恐るユーノはヴィータに声をかけたが、返事が返ってくる様子もない。
風が木々を揺らす音だけが鮮明に聞こえる広場に、動かぬ影が二つあるだけの時間が続いた。
数分のうちにユーノは沈黙に耐え切れなくなってベンチから腰を上げる。すると、横の方にいるヴィータが重い口を開いてユーノへと声をかけた。
「なんであんな事言ったんだ?」
「あんな事?」
いきなりのヴィータの言葉の意味が分からず、ユーノは首をかしげた。
そんなユーノの態度にヴィータはユーノとの距離を縮めながら、
「はやてに『できる』なんて言っただろ。お前はリインを救えたっていうのか? 出来ないだろ。無責任な事言ってはやてをぬか喜びさせるんじゃねーよ!」
そう言って早口でまくし立て、ユーノの胸倉を掴んだ。
「うわっ」
ユーノはヴィータの迫力に押され引き寄せられるまま中腰になり、反射的に体を強張らせた。
「はやてを泣かしたりしたら承知しないからな」
ヴィータはそう言うと、掴んだ手を突き放すように離して去っていった。
ユーノは体勢を立て直し、ため息とともに体の緊張を解いて、再びベンチへと腰を落ち着けた。
何をヴィータは苛立っているんだろう。
ユーノには心当たりが見つからない。しかし、間違いなさそうな事は一つはっきりしていた。
空へと目を向けて、曇りのない夜空に輝く星たちをボーっと見つめる。
「はやてを悲しませたら許さない、か」
ユーノはそう言って、一際輝く星に目を止めた。
「つまり、言ったからにははやてのやる事を全力でサポートしろってことでいいのかな?」
問いかけに答えてくれる影もすでにない。見つめる星も黙って輝くままだった。
そして、ユーノは先ほどの行動を思い出し、微かに口元に笑みをこぼした。
──ヴィータは本当にはやての事を大事に思ってるんだな。
はやてに関する事なら人一倍敏感になるヴィータ。
きっとはやての事を一番大事に思っているからだろう。
主従関係では決して得られないだろう信頼の形に、家族でいうところの姉にベッタリの妹という構図を連想した。
うん、まさにそんな感じだ。とユーノは納得すると口元が緩むのを止められなかった。
そしてそんな事を考えていると、ふと故郷のスクライア一族の事を思い出す。
父や母や兄弟ではないが、一生懸命に幼い自分を世話してくれた大切な人たち。
「家族……か」
家族たちは遠い時空の向こうで今頃どうしているかなと思い、先ほどとは違った目で空を見上げたのだった。
◇ ◇
部屋へと歩いているヴィータは先ほどのユーノの行動に苛立ちを感じていた。
はやての事を理解しているのは自分たちヴォルケンリッターだったはずなのに、昼食の時でははやての言わんとする事を理解したのはユーノのほうだった。
その事はヴィータにとって、たまらなく面白くなかった。
つまらない事で意地を張っているのは自分でも分かってはいたが、はやての信頼を得ているユーノの先ほどの反応がさらにヴィータ虫の居所を悪くさせた。
一瞬でもはやての事が分かっているような言動をしていても、いざとなったらきっと何も出来ないだろう。
それでは信頼しているはやてがあまりにも可哀想だ。
リインフォースの最期が頭に過ぎる。
誰もがみなあの結末を望んだはずがない。
圧倒的などうしようもない運命を前にして何もできる事がなかったのだ。
それをはやてならできる? なぜそんな無責任な発言が出来るんだ?
何の努力もなしに事を成せるとでも思っているのか?
それにはやては発作を誰にも言わずに一人で我慢するような人だ。
自分の手に負えない重荷でもすぐに背負い、どうにかしようとする優しい人なのだ。
誰かが気にしてやらないときっとすぐに潰れてしまう。
だから──、
「あたしたちがはやてを支えてあげるんだ」
自分に言い聞かせるように一人呟くと、自室の部屋をノックした。
中から聞こえてくる声は今まで守ってきた人。
何度その笑顔に救われただろう。何度その優しい声で心穏やかにいれただろう。
はやてがいてくれれば何もいらないと本気で思う。
しかし、そのはやてが様々な人の大切なものまで守りたいと言った。
ならば、その意向を最大限に尊重し通すまで。はやての笑顔のために。
そしてそれ以上に、これからもはやてを守っていこう。
ヴィータは改めて心に想いを刻み込み、温かい家族がいる部屋へと入っていった。
<< 第一話へ 小説置き場へ戻る 第三話へ >>
感想や誤字脱字等がございましたら、掲示板または作者宛てのメールなどで報告お願いします。
掲示板へ