第三話 はやての誕生日 







「ようこそ。スクライア一族へ」

それが目の前の老人に言われた一番初めの言葉だった。

本がたくさんある書斎のような場所にいるのは、ユーノと目の前の老人とその周りに大人が数人。
ユーノは目の前にいる老人を伺い見た。
縁が銀色の眼鏡をかけ、口元には髪と同じねずみ色の髭を生やし、皺の多い柔和な顔をしている。
優しそうなおじいさん、そんな言葉が似合いそうな人だった。

その老人は顔の皺を緩めて、

「君の名前を教えてくれるかい?」

優しく、ゆっくりとユーノに語りかける。
その言葉にユーノは少しだけ顔を強張らせ、戸惑いを見せていたが、

「ゆーの……」

他の人間に聞こえるか分からない位に、消え入りそうな声で自分の名前を口にした。
もしかすると、目の前の老人に聞こえなかったのかもしれない。
それでも老人は聞き返す事をせず、ユーノに向ける笑みを絶やさずに、

「ありがとう」

その言葉と共に、皺の多い手をユーノの頭に置いた。
ユーノは反射的に目を瞑って目線を下へと向けたが、不思議とどける気にはならない。
見た目とは違うとても大きい手が動くたびにくすぐったくて、その心地よい温かさで緊張が解けていくようだった。
そして頭からその温かさが遠のいていった時、再び老人へと顔を見上げる。

「これから私たちは家族になるんだ」

変わる事のない笑顔で、目線の高さをユーノに合わせ、嬉しそうにユーノに話す。
しかし、ユーノは老人の言う意味が理解できずに首をかしげた。
それを察してか、

「これからずっと一緒に暮らしていく、という事だよ。ユーノ・スクライア君」

言い直すと同時にユーノの新たな名を口にし、老人はもう一度ユーノの頭を撫でた。













朝の静けさの中、ユーノは珍しくアラームが鳴る前に目を覚ます。

「懐かしいな……」

ベッドで仰向けになっているユーノは、天井をボーっと見つめながら呟く。

夢に見たのは覚えている中で一番幼い時の記憶。
ユーノが『ユーノ・スクライア』という名を持つ事になった時の出来事だ。
それよりも前のことは……よく覚えていない。
分かるのはきっとそれまでは一人でいただろうということだけ。
両親はいない。友達と言う存在もいたかどうか分からない。
そんな時にかけられた長老の言葉が怖くて、そして同時にとても嬉しかったのを覚えている。
そしてあの時の手の温もりも……。

「起きなきゃ」

懐かしさを振り切るように、ユーノは言葉と体に力を込めてベッドから体を起こした。
目に映るのはいつもと変わらぬ眩しい朝日に照らされた自分の部屋。
ふと、ユーノの視線があるところで止まった。その先には本棚がある。
夢に見た書斎ほどに本はないが、本棚には様々な遺跡、歴史などの本で埋め尽くされていた。
本棚を見つめるその瞳に哀愁が見え隠れしたが、一瞬でその色を消して窓の外へと目を向ける。
すでに太陽が完全に顔をのぞかせており、小鳥のさえずりが聞こえるほどに時間を消費していた事に気付いた。
気付けばいつもの時間。
ユーノはベッドから身を離し、洗面所へと向かう。

今日は休日。
でもいつもの休日とは違う少しだけ特別な日。
ユーノは少しだけ気合を入れて、歯を磨きにかかった。








    ◇    ◇







「今日はこれくらいにしようか」

「え? もう? これくらいで大丈夫なんかな? もうちょっとやった方がええんちゃう!?」

時空管理局のとある一室に、ユーノと車椅子に座るはやてがいた。
二人は魔力の扱い方について特訓をしていたのだ。
特訓といっても、ユーノは主に資料から推察などをしてはやてにアドバイスを与える役目で、はやてがもっぱらユーノの助言を聞いてひたすら魔力制御の訓練をしているので、ユーノにしてみれば訓練を共にしていたというよりは、はやての訓練に付き合ってお手伝いをしていたと言った方が適切かもしれない。

思い返してみれば一月前、はやてに魔力制御に関する情報を渡した時に、どうやって魔力制御の勉強をするか、をそれとなく訊いてみた事が始まりだった。
その時、はやては独自で魔力制御の訓練を行うと答えたのだ。
さすがにそれは危ないと思い、ユーノは自ら指南役を買って出ることになる。
ただしその代わり、休日を利用して訓練をする、目の届かない所では魔力を放出しない、などの取り決めを交わした。
そして今、ユーノはいやな顔一つもせずにはやての訓練の手伝いをしている。

「前よりは確実に上手くなってきてるから安心していいと思うよ」

「そうかな?」

「そうだよ。一日で変化が分かる位に上達する人なんてそうそういないからね。地道が一番だよ。ただでさえはやては難しい魔力制御の訓練をしてるんだから。それに今日はこの後病院に行くんだったよね?」

「それは、そうやけど……」

「焦ったらうまくいくものも、うまくいかないよ」

「うん……分かった」

はやては渋々といった感じで、今日の訓練を終える事に同意した。

「ユーノ君」

「ん? なに?」

「ありがとな」

「どういたしまして」

そんな言葉を交わして、二人は笑いあった。
いつもより早めに終わった訓練。
ユーノは上座に置かれている机に移動し、備え付けられているボタンを押す。
するとユーノの目の前に、薄い緑色の背景をしたモニターが現れた。
そこには様々なカテゴリ分けされた文字が書かれている。
その内容は、はやての魔力資質について書かれていたものだった。


・はやてはなのはとフェイトと違って純粋魔力を使用することは困難である。
・従って、はのはのように魔力を砲撃のように打ち出すことはできない。
・また、フェイトのように魔力を物理的に構成したりもできない。
・それらの代わりとして、はやてには純粋魔力を無意識下でエネルギー変換できる資質を持つ。
・その中でもはやてはレアな属性、『凍結』といった冷気系のエネルギーへと変換できるようである。
・よってはやてには、古代ベルカ式の訓練方法とともに、冷気系の魔法を学んでいく事が効率がいいと思われる。


などとユーノの調べた結果の一部が表示されているその文字列を見て、はやてがため息をついた。

「まったく、なんでこんな魔力資質になったんやろ」

「それは生まれた時からの資質だからしょうがないかもね」

ユーノは苦笑し、文面の下にある場所に今日行った訓練内容を書き込んでいく。
リズム良く鳴る電子音を聞きながらはやては、ユーノの顔を楽しげに見ていた。

「よし、これで終わり」

ユーノがそう言うと、はやては嬉々としてユーノに世間話を持ちかける。

「お疲れ様〜。そうそう、聞いてな〜ユーノ君。今日な、夢を見たんよ!」

「ゆめ?」

「そう、夢や!」

「そうなんだ、どんな夢?」

「聞きたい? 聞きたいんやな!?」

「あ、あぁ」

急なはやての高いテンションについて行けず、ユーノは思わずたじろいだ。
当のはやては、ユーノの口が引きつっている事も構わず、

「当ててみ〜」

と、ニコニコした顔でユーノに言う。
ユーのは、はやてと共にいられる時間が残り少ないので最後にこの話に少しだけ付き合うか、と思いこの会話に乗ることにした。
しかし、人の夢なんて当てられるはずがないだろう、ユーノは少しばかり返答に困った。なので、

「考えるから少し待ってくれる?」

ユーノはそう言う他なかった。はやては満足そうに頷く。
ユーノは、頭を働かせた。が、先ほども思ったように人の夢なんて当てられるわけがない。でも、どうせ外れるなら──、

「昔の、家族の夢……かな?」

腕を組み顎に手をあてたユーノが口にしたのは、今朝自分が見た夢の内容だった。

「え?」

はやてはユーノの言葉に少しだけ驚き、ユーノの顔を見る。

「ど、どうしてわかったん!?」

戸惑いと驚き、何よりも嬉しさが相成ってはやては身を乗り出した。
そこまで嬉しがる事なのか? とユーノは思ったが、はやての嬉しそうな笑顔を前にしたらそんな事を言うのも無粋のように感じる。

「ユーノ君てもしかして人の心が読めるんか!? ユーノ君凄いな! 私も──」

「あ、いや、違うよ! ただ……」

このままだとどんどん加速していくはやての妄想に杭を打つため、ユーノははやての言葉を遮った。
しかし、それまではよかったのだが、その後に続ける言葉に躊躇いを持つ。

理由は、ただ単純に恥ずかしかったから。
自分が見た夢を他の人に話すのも、ましてやそれが家族の話だというのも、その上で自分が家族を恋しがっていると勘違いされるのも何もかも。
一見つまらない事でも、やはり年頃の男の子であるユーノにとって恥ずかしいと思う事は、すんなりと口にできるはずがなかった。
しかし、そんなものなど知った事ではないというように、はやては無邪気にユーノの小さなプライドを踏み倒そうとする。

「なんや、違うんか。じゃー何よ〜? もったいぶらんと教えてーな。分かった、あれや! ユーノ君も同じ夢でも見たんやろ?」

「──っ」

とどまる事を知らないはやての純粋な言葉の中に、正解が含まれていたので、ユーノは息を飲んだ。
ユーノは口を一直線に閉じ、心なしか顔が赤くなっている。
そんなユーノを見て、はやてが答えを確信するにはあまりにも容易すぎた。
はやては心の中で、ユーノ君てかわええなと思いつつ、口元に悪戯な笑みを浮かべ、

「なんや、ちょっと家族でも恋しくなったんか〜?」

つい、いつものようにユーノに冗談を言ってしまう。
しかし──、

「それは違うよ」

そんなはやてのちょっかいは、ユーノの抑揚のない一言で断ち切られた。

「あ……」

はやてはその言葉に驚き、二の句が告げなかった。ユーノの言葉は、はやての耳に低く響き、拒絶されたように感じたから。

「あ、ごめん」

ユーノははやてが少し怯んだ様子を見て、きまりが悪そうに謝った。
はやての方もさすがにやりすぎたと思ったのか、

「ううん、私こそごめんな」

俯き加減に、こちらもばつが悪そうに謝る。
少しの間、話しかけるにかけられない微妙な空気が流れた。

はやてもこんな空気にするつもりで話題を出したわけではなかっただろう。
ユーノもこんな雰囲気にするつもりで話に乗ったわけではない。

しかし、現実はこうなってしまった。
今目の前にいる人との距離が少し遠く感じる。
先ほどまでは、二人とも笑顔でいられたのに。
そう思っても、二人には先ほどの時間に戻す言葉を持っていなかった。

「じ、じゃぁ私もう行かな」

気がつけば、いつもの時間である事にはやては気付いた。
はやての作ったような笑顔を見て、ユーノは少し心が痛んだが、

「あ、うん。気をつけて」

当たり障りのないこんな言葉しか出てこない。
はやてが車椅子で移動を始めると、ユーノも荷物を持ち座っていた場所を離れ、部屋の扉を開放した。
先にはやてを通して、ユーノも続いて部屋を出る。

「ありがとう。それじゃ、またあとでな」

「うん」

二人はぎこちないやり取りをして部屋を後にした。










    ◇    ◇










「はやてちゃん、誕生日おめでとう!」


すずかの掛け声の後に『カンパーイ』という声が響く。
この日の夕方からは、すずかの家でささやかなパーティが行われていた。
ささやかと言っても、すずかの家でのパーティなので普通の家に比べたら規模は大きく、なのはの家族やアリサの家族、すずかの家族といったようにみんな家族ぐるみで集まっていた。
もちろん、はやての家族であるシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラも一緒である。
そして今回のパーティーには、はやての主治医である石田医師も同席していた。
病院帰りにはやてが誘ったのである。

パーティーの趣旨はすずかの言ったとおり、はやての誕生日祝い。
それを象徴するように垂れ幕が吊り下げてあり、『はやてちゃん誕生日おめでとう!』という言葉と共に、笑っているはやての可愛らしいイラストとハートマークなどが楽しげに描かれていた。
そして、主役であるはやては、そのイラスト通りの笑顔でなのは、フェイト、アリサ、すずかと共に一つの大きなケーキを囲み、楽しげな声を上げている。
どうやら目の前のケーキはなのはの母親が作った特製らしく、どんな味がするのかみんなで想像して楽しんでいるようだった。


その様子をシグナムとシャマル、そして石田医師が温かい目で見つめていた。

「本当に、よかったです」

石田医師は、今まではやてと過ごしてきた想いを込めてそう呟く。
医者の目からしたら、いつまで生きられるのかと思われていた体の麻痺も、今では順調に快方に向かっている。

「これも先生のおかげです。本当にありがとうございます」

シグナムが頭を下げると、それに倣いシャマルも頭を下げる。

「二人とも頭を上げてください。まだ完治したわけではありませんし、むしろ頑張るのはこれからですよ」

「いえ、あなたがいてくれたから今まで強く生きてこれたのも事実です」

「私たちがいない時、はやてちゃんを支えてくれたのは石田先生ですから」

「シグナムさん、シャマルさん……」

「なに辛気臭い顔してんだよ」

そんな話をしている三人に歩み寄ってきたのはヴィータだった。
ヴィータは両手に山盛りの料理を持っていて、ん、とシャマルに片方の料理を差し出す仕草をする。
シャマルは素直にそれを受け取り、ヴィータは満足そうに頷いた。

「はやての為のパーティーなんだからもっと笑顔でいろよ」

そしてヴィータは三人に背を向けて、今度はザフィーラのいる方へと歩を進める。
そんなヴィータを見て、そうですね、と三人は笑いあった。











はやてたちは、窓側の端の方にあるテーブル席に座り、談笑していた。
テーブルにはジュースとケーキの乗った皿と、お菓子がたくさん乗っている大皿が置かれている。

「それにしても、リハビリも結構長いよね〜。色々と大変じゃない? 車椅子の生活って」

アリサが大皿にあるお菓子を手に取り、話し始めると、

「そうだね……最初に出会った時から車椅子だったからね。はやてちゃん、車椅子に乗ってもうどのくらいになるの?」

すずかが半分くらいになったケーキを前にして、はやてに聞いた。
自分に気を使わずに、こういう質問をしてくれるすずかに笑顔を向けてはやては、場を和ませる言い方を探す。
少しだけ悩むそぶりを見せ、

「えーと……、さっき吹いた蝋燭くらいかな?」

そう答えた。

「十年か〜。わたし多分ストレス溜まっちゃって生きていけないよ〜」

なのははコップに入ったストローを弄りながら、間延びした声でそう言った。

「車椅子って色々と不便だよね? こっちにいる間は私たちのことどんどん頼ってくれていいからね」

フェイトは心配そうな顔をしてはやてに言う。

「ありがとう、フェイトちゃん」

気遣うのはフェイトの役目。フェイトの純粋な優しさにはやては感謝をする。
そうして五人は他愛ない話をしながら楽しい時間を過ごしていた。


そんな時のこと。

「あ、そういえば」

アリサは何か思いついたように、お菓子へと伸ばした手を止める。
四人はアリサの言葉の続きを待つように、アリサへと視線を向けた。
そのうちの一人とアリサの視線がぶつかる。

「今日こそユーノの人間の姿見せてよ!」

アリサとすずかに打ち明けてから約半年。
二人はまだユーノの人の姿を見てはいなかった。
二人にとっては、動物が人間に化けるなんて少し心躍る出来事なのだろう。本当は逆で人間が化けているのだが、二人にとっては拾ってきたフェレットが変身出来る、それが重要らしい。
もっともアルフも同じように人間の姿に出来るのだか、そのような事は二人は知らない。

アリサと目が合ったのは……なのはである。
その視線に答えるように、なのはは苦笑いである場所を指し示した。
なのはの指の先には、テーブル席に座っている美由希と、テーブルの上で妙な動きをしている見慣れたフェレットがいる。
そしてよく見ると、ユーノは美由希に前足を摘まれて躍らされているようだった。
美由希は艶やかな顔をして、

「ユーノ可愛いなぁ〜ほれほれ〜」

ユーノに妙なポーズを取らせて、話しかけている。
当のユーノは、

「きゅ〜」

と、力なく鳴いていた。おそらく、疲れているのだろう。
そんな様子を見た五人は、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

「えと、ちょっとユーノ君連れ戻してくるね」

なのはは立ち上がり、美由希の下へと駆けて行く。
はやてはなのはの後姿を見ながら、以前にクロノからフェレットもどきと言われていた事を思い出し、ある事にふと気付いた。

──そう言えばフェレット姿のユーノ君見るのは初めてやな。

美由希からなのはへと手渡されるユーノに視線を送る。
あんな姿をしていたら、十中八九の女の子は可愛い〜と黄色い声を上げて集まってくるだろう。

──あんなに可愛いフェレットやもんな、可愛がられて当然やな。

そんな事を考えると、

「はやて? どうしたの?」

フェイトが少しだけ声を落として、問いかけてきた。

「うん? なんもあらへんよ?」

少しだけユーノが知らない女の子に抱かれて、撫でられている光景を想像しただけ。
女の子は可愛いものに目がないのだからしょうがない事だな、と思った。
本当にそれだけで、特に何もない。

「なんか難しそうな顔してたから……。何か悩み事?」

「えっ、そんな顔してたん? 大丈夫やよ〜何もあらへんから」

はやてはおどけて笑い、こちらへ来るなのはの肩で休むユーノを見る。
そして同時に今日の昼の出来事を思い出した。

ユーノが否定したあの言葉。ユーノにとって家族とはあまりいい思い出がないのだろうか?

──それは違うよ。

あの時言われた一言が、今でもはやての耳について離れなかった。

「お待たせ〜」

肩にいるユーノをテーブルに下ろし、なのはが席に着くと、

「よーし、さっそくだけどユーノ! 人の姿を見せなさい!」

アリサがユーノへと今にも襲い掛かりそうな剣幕でユーノへと迫る。

「アリサちゃん落ち着いて」

すずかはアリサをなだめようとするが、やはり気にはなるようでちらちらとユーノの方を見ている。
二人の声を聞いたユーノは鼻をヒクヒクと動かした後、二人を交互に見つめなのはの方へと振り向いた。

「えっ? うん……うん」

そして、なのはがなにやら頷く。どうやらユーノと念話をしているようだ。

「うん、分かった」

ユーノとの話し合いが終わったのか、なのはは立ち上がり、

「ちょっとお庭に出ようか」

そう提案したのだった。










「ここら辺かな?」

なのはが辿り着いたのは、森の様なすずかの家の庭を歩いて5分くらいの場所だった。

「あ、ここは……」

はやての車椅子を押していたフェイトが少しだけ驚きと懐かしみを込めて呟き、辺りを見渡す。
それもそのはず、ここは──、

「そう、わたしとフェイトちゃんが始めてあった場所だよ」

そう言ってなのはは、はにかんだ。

「へぇ〜そうなんや〜」

「うん、最初はねすずかちゃんちの猫がでっかくなっちゃって──」

「も、もうその話はやめようよ」

フェイトにとっては恥ずかしい出来事だったのか、はのはの言葉を止めにかかった。
はやては笑い、周りに一通り視線を送る。
そして、何かを通わせているように笑っているなのはとフェイトを見た。
強い絆で結ばれた二人の出会いの地。
はやてにとっては、ほんの少しだけ羨ましい事だった。

「そっか〜ここで二人が思いっきり暴れたわけね!」

「アリサちゃん〜」

アリサの物言いをすずかがたしなめる。言われる事が分かっていたのか、

「冗談よ。で、どうしたの? こんなところまで来て」

短い言葉ですずかの対応をして、なのはに疑問を投げかける。

「姿を変えるところをあまり多くの人に見られたくないからね」

しかし、アリサの質問に答えたのは、別の方向からの声だった。

「「え?」」

アリサとすずかはビックリしたように、声のする方向へと振り向く。
だが、その方向には誰もいなく……フェレットが一匹いるだけ。
二人は同時になのはを伺い見た。そんな二人になのはは微笑み頷く。
お互いに体を寄り添い合って、手を握っているアリサとすずかは顔を見合わせて、恐る恐るといったようにフェレットへと視線を落とした。

「もしかして……」

すずかの声に応える様にフェレットは立ち上がるとその瞬間、微弱な風を起こしながらフェレットはエメラルド色の光に包まれた。
とても眩しくて、温かい光につつまれて光の向こうにいる影がだんだんと大きくなる。
そしてその光が消えた時、そこには一人の少年がいた。

「えっと……初めまして、かな?」

ユーノが二人へと声をかけると、二人は緊張した様子で、

「は、はいっ」

と、声を上ずらせて答えた。
そんな二人にユーノは苦笑しながら、

「そんなに緊張しなくてもいいよ。アリサさん、すずかさん。いつもありがとう。これからもよろしくね」

そう言って、手を差し出す。その柔和そうな様子に緊張が解れたのか、

「アリサでいいわよ、よろしく」

アリサはいつもの自分を取り戻し、ぶっきらぼうにユーノに答えながら手を握り返した。

「月村すずかです。わたしも呼び捨てにしてもらってかまわないです。こちらこそよろしくね」

すずかは丁寧に受け答え、握り返す。
そして、三人は自然と視線を合わせて微笑みあった。


三人で笑いあっている様をはやては、はのはとフェイトと一歩離れた場所から見守っていた。
どうやらうまくやっていけそうな雰囲気だったので三人は安堵する。

「よかったね」

「そうだね。アリサもすずかもユーノの事気に入ったみたい」

「うん、そうみたいやね」

そんな事を話しているとアリサがユーノの顔を触り始めたのが見えた。
顔を触り、髪を触り、腕を触っている。

「ちょ、ちょっと、アリサ!?」

そんな焦ったユーノの声が聞こえたが、アリサはそんな事お構いなしに、

「ふーん、案外普通の体なんだ〜」

と、一人で呟いている。

「アリサちゃん、失礼だよ〜」

お決まりのようにすずかが諌めているが、アリサはそれを無視してユーノの顔を覗き見る。
お互いの息遣いを感じるくらい顔が近づいている事で緊張したのか、ユーノは顔を赤くして喋らなくなってしまった。

「えーと、どう……かな?」

苦笑いでなのはがアリサに近づき、ユーノの印象を聞いてみると

「う〜ん、まぁまぁかな?」

顎に人差し指を当てて、アリサは答える。

「まぁまぁって……」

「そっか」

そんなアリサの答えにすずかは困ったようにアリサを見て、なのはは嬉しそうに微笑んだ。

「まぁ、ちょっと顔は可愛いかもね」

アリサは少しだけそっぽを向いてそんな事を口にする。
その言葉になのはは、

「よかったね、ユーノ君」

と満面の笑みでユーノに笑いかけたが、

「あ、あはは……」

ユーノは苦笑する他なかった。



はやての目の前で起きている出来事は、はやてが先ほど考えていた光景そっくりだった。
違うのはユーノがフェレットの姿じゃない事。そして触れているのが知らない人ではなく、はやての友達である事。その二点。
そんな事を冷静に分析していると、

「はやて? 大丈夫?」

隣にいるフェイトが心配そうに声をかけてきた。

「えっ? ……もしかして、またなんか顔に出てたん?」

「うん……面白くないって顔してた。何か心配事でもあるの?」

そういうフェイトの顔は真剣で、どんな事でも言ってくれという雰囲気があった。
しかし、

「本当に何もあらへんよ。なんや心配かけてごめんな」

はやてがそう言ういうと、フェイトは少し残念そうな顔をするが、

「分かった」

そう言って視線をなのは達へと向ける。
同じようにはやても視線を向けると、なのは達がこちらへと歩いてきていた。
いつの間にかフェレットになったユーノがアリサに抱きかかえられている。

「そろそろ戻ろうか」

「うん、そうだね」

フェイトが答えた時、はやては自分に向けられている視線に気付いた。
ユーノがそのつぶらな瞳で、少し寂しげに、真っ直ぐな瞳ではやてを見つめている。
はやてはその視線から逃げるように車椅子の向きを変え、

「さ、行こか」

そう言って車椅子を進めた。
なぜ逃げるような真似をしたのかは自分では分からない。ただ、ユーノと目を合わせるのが怖かった。

『何や悩み事?』

数分前のフェイトの声が蘇る。

──そう、何もあらへんよ。

心の中で再びそう呟いて、五人はこの場を後にした。







    ◇    ◇




はやてたちが去った場所にある一本の木の側で、小さな影が動いた。
その影の主はヴィータ。
はやてたち五人が外へ出て行くのを見かけたので、一応念のために様子を見に来たのだった。
ヴィータは先ほどの出来事を顧みて、

「あいつ何しやがったんだ」

苦々しく呟く。
ヴィータは外へ出る前、はやての様子が少しおかしい事に気付いていた。
そしてはやての様子は、あのフェレットと一瞬目を合わせてからさらに一変した。
怯え、困惑など、様々な感情が見え隠れしていたはやての瞳。
帰るときのはやての目が今でも忘れられない。

(どうした、ヴィータ。主は無事か)

そんな時、念話でシグナムが様子を伺ってきた。

「なんでもねーよ。もうここにはいねー。そろそろそっちに着く頃だよ」

少しだけ口調荒く、ヴィータは答える。

(……分かった)

シグナムは何か言いたそうにしていたようだが、何も言うことはなく念話を終わらせた。

「ふんっ」

ヴィータはつまらなさそうに鼻を鳴らし、家の方向へと歩き出すのだった。












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