第四話 一日遅れの誕生日プレゼント 






はやての誕生日会が終わった後本局へと戻ってきたユーノは、無限書庫の資料室で今日行った訓練の残処理を行っていた。
慣れた手つきでキーを叩き、一日の出来事を事細かに電子モニターへと表示していく。
練習後に書いたものは、ただの覚書程度の物。
そして今打っているのは、進捗を報告するためのレポートだった。

訓練と言っても、自分達で好き勝手に出来るわけでは無い。
ユーノたちはリンディ提督の許可の下、訓練を行っていたのだ。
なので報告するレポートが必要なのは必然だった。
しかし、その様な事ははやては知らない。
ユーノが訓練を約束した後、リンディに頼み込んだから心置きなくはやては訓練を行えるのだった。

ものの五分もしない内に作業は済んだようで、ユーノはセーブコマンドを実行して表示されているデータを保存する。
『Now Saving...』という文字と共にプログレスバーが画面下に出現し、進捗状況を示すように少しずつ塗りつぶされていく。

「ふぅ」

作業を終えたユーノは、小さく息をつく。
やがてピピッ、という電子音と『Complete』のメッセージと共に吐き出された電子媒体を取り出して、ユーノは立ち上がった。
手に持つレポートを届けるため、リンディ提督のいる部屋へと行く準備を始める。
今回のレポート、今までのレポート、ユーノの探し出した情報、これからの考察をまとめた書類、なども同時に手に取る。
ユーノは一通りの書類を揃えると、資料室を後にした。











「はい、それでは失礼します」

部屋に向けて一礼をして、ユーノは和の風流を感じる部屋を出る。
執拗にリンディ提督にお茶飲みに誘われたが、ユーノは丁重に断った。
リンディの世間話は長く、そのことを指摘するにも勇気が無いので、ユーノはさっさと逃げる方法を取ったのだ。
ユーノにはこの後、まだすることがあったから。
ユーノは時間を確認し、歩き出す。
資料室に戻って、先ほどまで使用していた書類を置き、再び資料室を出る。
少し喉が渇いたので食堂で飲み物を購入して、ユーノは外へと踏み出した。

目的地は本局前にある広場。
いつもの曜日、いつもの時間、いつもの場所。
いつの間にかユーノは、休日の夜のひと時をその広場のベンチで過ごすようになっていた。
特に理由なんて無い。ただ、なんとなくそこに行く習慣がついてしまっただけ。

一歩外に出てみるとユーノを迎える風は無く、本局の入り口前はとても静かだった。
見上げた空には深遠な闇が広がり、今にもこの世界を飲み込もうとするくらいに暗い。
そんな暗がりから本局を守るように設置されている街頭は、休む暇なく輝いている。
街頭の明かりの中、ユーノは広場へと続く道を踏み出した。
その時──、

「おい」

怒気を孕んだ声を背後からかけられた。
ユーノは覚えのあるその声に振り返る。
そこにいたのは思ったとおり、ヴィータが立っていた。

しかし、どこか様子がおかしい。
腕組をして威圧的に立っているその姿からは、ピリピリと張り詰めた空気を感じる。
ユーノはその様子に何事かと思い、言葉を失う代わりに体を強張らせた。

「少し話がある」

ヴィータは抑揚の無い声を発しながら、ユーノの横を通り過ぎる。
目つきは真剣そのもので、冗談の入る間は微塵もなさそうだった。
どんな返答も許さない、ただついて来いと言わんばかりの態度に、ユーノは黙ってヴィータの後を追う事しかできなかった。






ものの数分としない内に、ヴィータの足が止まる。
辿り着いた場所は、ユーノの目的地でもある広場。
ヴィータがいる場所は、ユーノがいつも座るベンチの真横だった。

「座れよ」

ヴィータは顎でベンチを指し示した。
眉毛すらピクリとも動かないヴィータに従い、ユーノはベンチに腰をかける。
ユーノが座った事を確認すると、ヴィータは硬く組んでいた腕を下ろした。

「お前、今日はやてに何をした?」

「え?」

唐突なヴィータの質問に、ユーノの体に緊張が走る。

──はやてに何をした?

ヴィータの声が反響を伴い、ユーノの耳を駆け抜けた。

朝食の後、はやてと待ち合わせて、訓練をして、終わったあと別れた。
その後地球へと行き、すずかの家で行われた誕生日会に出た。

その間にはやてに何かした事は──。

「ごめん」

ヴィータの問いに、ユーノはそう答えた。
ユーノが導き出した答えは、間違いなくヴィータにとって良くないものであったから。
ユーノの答えにヴィータは眉を顰め、

「何したかを、聞いてんだよ」

再び、そう口にした。
その声には先ほどよりも力が入っており、今にも爆発しそうな威圧感があった。
その様子にユーノは諦めを悟り、瞳を閉じて覚悟を決める。
やがて瞼を開き、手に持つ缶に目を落とし、

「僕とはやてが休日に訓練してるのは知ってるよね?」

そう話し始めた。
ヴィータの答えを待つが、何の反応も無い。
ユーノは心の中で自嘲気味に笑い、言葉を続ける。

「訓練の後に夢の話になったんだ。そこで僕は……」

間を置き、ユーノはこれから起こるであろう出来事に備えるため心を落ち着かせて、

「語りかけてくるはやてに、冷たい言葉を浴びせてしまったんだ」

そう言い放った。









     ◇     ◇







夜、はやては未だにすずかの家で五人仲良く遊んでいた。
アリサが久々の再開なので、せっかくだからお泊り会をしようと言いだしたのが切っ掛け。
みんなはそれに一つ返事で賛成して、大人に許可を得るという運びになった。
アリサとなのはは何度かお世話になったことがあるようで、両親が挨拶をしただけで簡単に許可が下りた。
フェイトは少し戸惑っていたが、クロノが、

「母さんには僕から話しておくよ」

しょうがないなという風に言いながらもフェイトの後押しをしてくれたようだった。
その時のフェイトの笑顔といったら、そこら辺の男の子が惚れてしまうのではないかというほどに可愛かったのを覚えている。
そしてはやても、本当は許可を取らなくてもいいのだがその場で石田医師に尋ね、苦笑する石田医師を前にしてVサインをみんなに送った。


そんな経緯があり、今現在すずかの部屋で騒いでいるのだった。
みんなでしゃべり、お菓子を食べ、楽しい時間を過ごす。
生まれてこの方、誕生日という物に特別な意味を感じなかったはやてにとって、友達と一緒に騒いで過ごすなんて想像も出来ない事だった。
去年の誕生日は別の意味で大切ではあったが、自分を祝ってくれるといった意味では、やはり今には敵わない。
そんな心地の良い気分に酔いしれて、はやては誕生日を楽しんでいた。

ある時、アリサが持ってきた格闘ゲームをしようと言い始めた。
しかし、はやてとフェイトはそういうものをやったことがなかったので遠慮をしていると、アリサとすずかが手馴れたように先にゲームを始める。
お手本を見せてくれる、という事だった。

二人ががコントローラーを握り、その後ろでなのはとフェイトが騒いでる。
はやては最初の方こそ画面を見ながらはしゃいでいたものの、いつの間にかユーノについて考えていた。
今日という日を楽しく締めくくる最高のシチュエーションだというのに、はやての心は少しずつ沈んでいく。
ユーノがどうしてあんな事を言ったのかが気になってしまうのだろう、一度考え出すと止めることが出来なかった。

本日あった出来事。それを振り返りながらはやては、

──ユーノ君にどうやって謝ろう。

ユーノへ謝罪するための言葉を探す。
だが、なぜあんな態度を取ったか分からないはやてにとってその問題は少し難しかった。
何が彼をそうさせたのか、それを理解した上で謝らないとまた同じ事を繰り返してしまう……。
それでも、ユーノがなぜ怒ったのかを当てるなんて雲を掴むような話だ。
はやてはそれを分かった上で、自分なりに答えを出して謝りたいと考えた。

そんな事を考えていると、

「はい、次ははやての番よ」

「……うぇ?」

突然、アリサに声をかけられる。
そしてはやては、素っ頓狂な声で持ってアリサの言葉に反射的に反応した。
もちろん、反射的になのでアリサの言葉を正しく認識できていない。
目の前にはアリサがコントローラーをはやてへと突き出している。
テレビの中では、様々なキャラクターが四角い枠の中に表示され、規律良く並んでいた。

「何ボーっとしてるのよ? ほら、これ」

アリサが手に持つコントローラーを再度、はやての目前へと掲げた。

「あ……」

はやての視線はコントローラー……ではなく、アリサの手へと向かう。

先ほどユーノの顔に触れた手。
アリサの手を見てさっきの出来事を連想し、さらにユーノの事を意識してしまう。
はやては少しだけ胸が詰まるのを感じた。
そして、何をしていても今日のユーノの事に結びつける自分が少しおかしい事にも気付く。

「ん? 私の手がどうかした?」

はやての視線に気がついたのか、アリサは首を傾げる。
はやては、

「う、ううん。なんや、ちょぅ疲れてん。私の番は飛ばしてくれてかまわへんよ」

少し戸惑いながら答えた。


──未だに謝罪の言葉が見つからない。


はやては、ユーノに対しての罪悪感が拭えずにいたから焦り、胸が苦しいのだと納得した。


「そっか」

はやての答えに納得したのか、アリサはあっさりとコントローラーを引っ込め、

「次フェイトやる?」

と、フェイトへと渡そうとする。しかし、

「う〜ん、こんな時間だしもうゲームは終わりにしてお風呂に入ろうか?」

すずかがそう提案すると、

「それもそうね。はやても疲れてるみたいだし」

アリサはあっさりとゲームの電源を落とした。

──ごめんな。

はやては心の中で呟く。

「はやてちゃん、背中流しっこしよう」

すずかが笑顔ではやてを誘うと、

「うん、一緒に綺麗にしよな」

はやても笑顔を作り、答える。そのやり取りに、

「あ、いいな〜、私も混ぜて〜」

「わ、私も……」

「じゃ、みんなで洗いっこしましょうか」

そう言って部屋の明かりを消して、五人は部屋を後にした。


静寂の中、部屋には月明かりに照らされたゲーム機がただ静かに佇むだけだった。









     ◇     ◇








本局の広場にはいつの間にかそよ風が優しく、そして柔らかくユーノの頬を撫でるように吹き始めていた。
緊張で喉を嗄らしたのか、ユーノが手に持つ缶は重さを感じられない。
そんな缶をジッと見つめ、ユーノは先ほど言われたヴィータの言葉を思い出していた。


──はやてが今までにないくらい、暗い、後ろ向きな目をしてた。


ヴィータの声が耳の奥で木霊する。


──なら、なんでお前から視線を外したんだよ。


ヴィータの声がユーノの胸を抉る。


──原因がお前にあるなら──……。


その後に続く言葉を断ち切るように、ユーノは立ち上がる。

ヴィータから聞いたはやての様子。
それは間違いなく自分自身のせいだとユーノは後悔していた。
だから、ヴィータに殴られても仕方ないと思っていた。
しかしヴィータは殴る事はせず、もうはやてと関わるな、そうユーノに言ったのだった。

ユーノは空を仰ぎ、少しずつ流れる雲の切れ間から覗く星たちを見つめる。
以前ここではやてが見ていた夜空、その時のはやての少し寂しそうな瞳、そしてその中に少しだけ宿っていた優しさを思い出す。
なのはから聞いた、クリスマスのリインフォースとの別れ。
おそらくあの夜空を見上げて、その時の出来事を思い返していたのだろう。
そう思うと、ユーノの中で放っておけないという感情が芽生えるのを感じた。


──はやてと仲直りしよう。


ユーノは心の中で呟き、歩き始める。
このままじゃダメだ。ヴィータが言ったような全てを投げ出す事なんて出来ない。
そんな事をすれば、きっともっとはやてを傷付けてしまうだろう。
はやてを悲しませる事はヴィータにとっても本意ではないはずだ。


──とにかくなんでもいい。はやてと話をしよう。


そう決めたことでふと、あることに気付いて足を止めてしまう。


──もし、はぐらかされてまともに話が出来なかったら?


ヴィータの言うとおり、ユーノから逃げるようにして視線を避けたというなら……あり得なくはない。
ユーノはそう考えると、はやてと話をするきっかけを探し始めた。
やがて、ユーノはある一つの心当たりに行き着いた。

それは誕生日パーティでの事。
地球の日本という場所では、誕生日にお祝いの品を渡すという習わしがあるらしい。
ユーノは、はやてはなのは達に囲まれてプレゼントを渡しているのを見ていた。
そんな風習を知らなかったユーノは、もちろん友達であるはやてにプレゼントを用意していない。
最初からフェレットとしてすずかの家へ行ったのが幸いしてだろうか周りに色々言われなかったが、ユーノ自身はやてにプレゼントを渡せないのが心残りであった。

少し遅れて、次の休日に渡そう。ユーノはその時、そう思っていたのを記憶の引き出しから探し当てたのだった。


──明日、はやてに素敵な誕生日プレゼントを渡そう。そしてちゃんと謝ろう。


改めてユーノはそう決意し、再び足を動かして建物の中へと入っていった。
















次の日、午前中に急遽休みをもらい、町へと向かったユーノは何をプレゼントしたら良いか考えあぐねていた。

「どういったものを渡せばいいんだろう」

小さく呟き、なのは達が何を渡したか訊いておけばよかったと今更ながらに後悔する。
ただでさえ、女の子にプレゼントなどした事ないユーノなのだから、単身で町中に出てきても簡単には決まらずにグルグルと店を回るだけなのは火を見るより明らかである。
このままではいけないと思ったユーノは、次に気になったお店でとりあえず中を見て回ろうと決めた。

そして少し歩いた先に、ふとある建物が目に入る。
その建物はどこか古びていて木造。
しかし、女の子が見れば一度見た人の後ろ髪を引くような、少しだけ入ってみたいと思わせるようなそんな魔力がその建物のショウウィンドウにはあった。
ユーノはその建物の入り口の上にある看板を仰ぎ見る。

ガラス細工屋。

ユーノはそこに少しばかりの希望を託して、中へと入っていった。

「いらっしゃいませ」

入ると同時に聞こえてきたのは店員の明るい声と、単調だけれどもどこか優しい音楽だった。
その音楽は単音で、一定でゆっくりとしたリズムを刻んでいて、なぜだか心休まるように感じる。
何の音だろう? と、ユーノは聞こえてくる方へと視線を向ける。
ユーノの目線の先には……控えめな装飾がされているガラスの箱が物静かに佇んでいた。
展示されているのだろうか、一つだけシンプルな木の机の上ではっきりとその箱は音楽を奏でている。
派手に飾り付けられているでもなく、かといってまったく手入れをされているわけでもないその箱に、ユーノの視線は釘付けになってしまう。
ユーノはそれに近づき、上から、横からと見回し始めた。

「この商品はお気に召しましたか?」

そんなユーノを見て、後ろから店員が声をかけてくる。

「あ、いや……どこから音が鳴ってるのかなって思ったので」

「これはオルゴールといいまして、中にピンを植えた円筒が入っていてそれを回す事でピンで金属板を弾かせ、音を出しているんです」

店員の説明になるほど、とユーノは納得し、はやてにこれをプレゼントしようかな? と考え始めるが、

「何かお探しですか?」

そう店員が尋ねてきたので、店員に訊いてもっと色々見て回ろうかな? とも考える。

「友達に誕生日プレゼントを渡そうかなと思ったんですが」

「誕生日プレゼントですか。そうですね……静かな音楽が好みであればシンプルな物がいいですし、逆に賑やかな音楽が好みであればあちらにあるオルゴールなんかもございますが……」

そう言って店員が手で示した先には青や赤、紫や緑といった様々な色をしたガラスが多面体のようにくっついているものだった。

「あれは?」

ユーノが尋ねると、

「あれは、中から光を当てて周りに色を映し出すオルゴールですね」

「へぇ〜」

ユーノが感嘆の声を出すと、店員は、

「でもあまりにも賑やか過ぎるのでオルゴールとしてはあまり人気ではありませんが」

店員は乾いた笑いを漏らす。そして、

「お客様がお渡しになる方はどのような方なのですか?」

店員が悩むユーノへと助け舟を出してくれた。

「う〜ん……」

少しユーノは考え、

「明るい子で、優しくて……、夜空をよく見るあげる子……ですかね」

昨日も思い出したはやての夜空を見上げる姿。
寂しそうでいて、なおかつとても穏やかな横顔。
その時のはやてが印象的で、ユーノは頭の片隅に残っていたはやての姿を思い出しながらそう口にしていた。

ユーノの答えを聞いて店員は微笑み、横の棚にたくさん並んでるオルゴールから一つを手にする。

「星を見るのが好きな方には、このオルゴールなんていかがでしょう?」

そう言って店員が手にしたのは、今し方あまり人気のないといっていた物と似たような形状をしているオルゴールだった。
ただ先ほどのものとは違い、派手な色の装飾はされておらず、細かい透き通ったガラスが所々に散りばめられている。

「これは……?」

店員の持つ物を不思議そうに眺めて、ユーノは店員に問う。


「これはですね──」


ユーノは店員の説明を聞き終わると、二つ返事でそのオルゴールをプレゼント用に包んでもらった。








     ◇     ◇










楽しいお泊り会が終わり、全員と別れた今、はやては本局で割り当てられた自室のベッドにて考えを巡らせていた。

「ふぅ」

西日が差し込む部屋で、はやては小さなため息をついて寝返りを打つ。
もう何度目か分からない寝返り。
今、自分がどんなに沈んだ顔をしているか、はやては気付かない。

お泊り会が終わったから気持ちが沈んでいるのではない。
手元にある特別捜査官の心得に頭を痛くしているのではない。
はやてを悩ませている原因はただ一つ。ユーノの事だった。

「はぁ」

再度ため息をついた時、ドアのノックがはやての耳に届く。

「はーい。どうぞ〜」

しっかりと答える気力なく、体を起こしながらそう返事をすると、ドアの向こうからヴィータが顔を覗かせた。

「はやて、お帰り」

「ヴィータか。ただいま」

ヴィータは可愛らしい笑顔をはやてに送り、それに答えるようにはやても笑顔を返す。
しかし、

「はやて? どうかした?」

ヴィータにはすぐさま作った笑顔はあっさり見破られてしまった。

「なんもあらへんよ?」

「嘘だ」

はやては取り繕うとするが、ヴィータの間髪無い指摘に乾いた笑いを漏らす。

「ちょっとな、ある人を怒らせてしまってん」

自嘲気味にはやてはそう口にすると、

「あのフェレットか?」

ヴィータは声色を少し落とし、そう呟いた。
はやてはビックリして、

「なんで分かるんや?」

ヴィータに尋ねた。しかし、ヴィータはその問いに答えることはせず、

「いいじゃんか。あんな奴放っておけば」

まるでそいつの事はもう考えるな、というようなヴィータの話し方に、はやては少し疑問を抱いた。
二人の間に何かあったのだろうか?
はやては率直な疑問を口にした。

「ヴィータ……もしかして喧嘩したんか?」

その問いに、ヴィータは少しだけ顔を強張らせ、

「喧嘩ってわけじゃ……」

ヴィータは歯切れが悪そうに呟く。
そんなヴィータを見て、仕方ないなという風にはやては、

「ユーノ君はええ人なんやから、仲良うしなきゃあかんよ?」

ヴィータの頭を撫でる。
しかし、

「でも!」

反射的に言ってしまったのだろう、ヴィータはしまった、という表情をしてしまう。
そして、はやてはその表情を見逃がさなかった。

「でも?」

首を傾げて、ヴィータへその続きを求める。
しかし、ヴィータは何も言わずに気まずそうに俯いているだけだった。

「ヴィータ、言いかけた言葉をちゃんと話せへん意地悪な子は嫌いやで?」

はやてがそう言うと、諦めたようにヴィータはぽつぽつと話し始めた。

「あいつが悪いんだって……」

「うん? どういうことや?」

その一言では要領を得ないので、はやては詳しくヴィータへと問う。

「あの森であいつと目を合わせた時、はやての様子がおかしくなったからあいつに聞いてみたんだ」

「え?」

はやてはその言葉に動揺する。
ヴィータが近くにいるのは分かっていたが、自分のそんな姿を見せてしまっていたとは思わなかった。
思った以上に多くの人に心配をかけてしまったと思いつつも、ヴィータに続きの言葉を促す。

「うん、それで?」

「そしたら、訓練のあとはやてに冷たくしたって言ってた。自分のせいだって」

ヴィータの言葉にはやては目を見開き、固まってしまった。
まさか、ユーノがそんな事を考えていたとは思いもしなかった。
どう考えても、自分がユーノの触れてはいけない部分に踏み込んでしまったと思っていたから。
ユーノが気にする部分なんてまったくないのは明白なのに。
それなのに──。

私が……悪いというのに……。

そう思うとはやては、申し訳ない気持ちで一杯になる。
が、その中でほんの一部分だけ温かい気持ちにがあるのを感じた。
その理由は分からない。
ただ、前向きな良い感情である事は間違いなかった。

そう思うと、うじうじ考えているのが馬鹿らしくなってきた。
今こうしている間にも、ユーノは自分の事を責めているのかもしれない。
そんな事を考えるだけで……胸が痛む。

「ヴィータ、違うんよ。私がユーノ君に嫌がる言葉を言ったのが悪いんよ」

はやての諭すような物言いに、ヴィータは頷くしかなかった。








ヴィータの話を聞いていたらいても立ってもいられなかったのだろう。
はやては今、無限書庫の資料室前へとやってきていた。

ユーノと話をするために。
昨日の出来事を謝るために。
楽しかった二人の時間を取り戻すために。

硬そうな扉の前で、はやては深く、深呼吸をする。
そして、ドアを叩いた。
中から聞こえてくる声に緊張を覚える。
しかしその緊張を押さえつけ、

「八神はやてです。ユーノ・スクライア君をお願いします」

堂々とした態度で、はやてはユーノを呼び出した。











     ◇     ◇








そろそろ本日の仕事が終わろうとする頃、ユーノは唐突にはやてに呼び出された。

資料室から出て行くと、そこにははやてが車椅子に座って伏し目がちに待っている姿が見える。
ユーノはその光景を見て、少しばかり戸惑いを覚えた。

なぜ、はやてがここへ来るのだろう?
僕に何の用だろう?
……ヴィータから何か言われたのだろうか?

ユーノの頭の中ではそんな考えがグルグルと回る。
しかし、呼び出された手前、そんなにのんびりとしてもいられない。
ユーノは深呼吸をして、はやての元へと歩き出した。








「いきなり呼び出してごめんな? 今、大丈夫?」

はやてはユーノの姿を確認するや否や、不安を押し殺したような控えめの声でユーノに声をかける。
ユーノははやての行動を不思議に思いつつも、

「うん、大丈夫だよ。今日の仕事はもう終わったからこれからは自由時間。でも、いきなりどうしたの?」

そうはやてに答える。
それを聞いたはやては深く息を吐いた。そして、

「えっとな、ユーノ君に大事な話があるんやけど……時間ええか?」

真剣な目でユーノの事を見つめながら、はやてはユーノの反応を待つ。
どんな話なんだろう? と思うも、はやての申し出にタイミングがいいと思ったユーノは、

「分かった。場所は……僕の部屋でもいいかな?」

はやてに提案した。

ユーノの部屋には午前中町に出て買ってきたプレゼントが大切に置かれている。
はやての話を聞いた後に、一日遅れの誕生日プレゼントを渡せば仲直りができるかな、とユーノは考えた。

──喜んでくれるといいな。

ユーノはそんな事を考え、自分の部屋へとはやてを案内した。











     ◇     ◇











「どうぞ。汚い部屋だけど」

そう言ってユーノが扉を開けた瞬間、

「うわぁ」

はやての口から感嘆の声が漏れた。

扉を開けてすぐ目に付くのは、中央に置かれた広い机。
その上にはいくつもの分厚い本が重ねられ、その脇には紙とペンが乱雑に置かれている。
右を向けば天井一杯まである本棚があり、その本たちははやてが今までに目にしたことのない書物である事は明らかだった。
一通り部屋を見渡したはやては、ふとベッドの上にある袋に気付いたのだが、

「それで、どうしたの?」

ユーノの言葉に、すぐに意識を切り替えて心を落ち着ける。

ユーノに誠心誠意謝らなければならない。
はやてはそう心の中で唱え、

「昨日の事、反省してます。ごめんなさい!」

そう言うと同時に、頭を下げた。
散々悩んで出した答え。
それはユーノの怒った理由を探すより、反省の誠意を見せるという事だった。
突然の謝罪にユーノはビックリして、そして、

「あ……いや、僕の方こそごめん」

ユーノも頭を下げて謝った。

そして、二人が顔を上げたのは同時。
目線をぶつけた二人は、はにかんだ。

きっと二人は、昨日のあの楽しい時間に戻れた、そんな手応えを感じたのだろう。
あまりにも簡単に二人の溝が埋まった事が面白かったのか、しばらくの間二人は笑いあっていた。





「でもどうしてはやてが謝るんだい?」

ふと、はやての謝罪を疑問に感じたユーノははやてに訊いた。
はやては少し苦笑いで、

「ユーノ君が嫌がる事を言ったと思ったんよ。いきなりユーノ君の声が怖くなったから」

ユーノに本心を吐露する。
そんなはやての答えにユーノは慌てて、

「ごめん」

と謝り、

「でも僕はあんな声を出すつもりはなかったんだ。ただ──」

その時の自分の考えを言おうとして、口を噤んだ。

「ただ?」

はやてはユーノの言葉の続き聞かせて欲しい、というようにユーノの言葉を口にする。
ユーノは少し悩んだ後、意を決したように話し始めた。

「恥ずかしかったんだ」

ユーノはそう口にすると、はやてから視線を逸らす。
ユーノのあまりにも単純でやっかいな理由にはやては笑みが零れた。
面白おかしいというわけではなく、可愛いと思ってしまうそんな微笑み。

「そっか」

はやてはそれ以上のことは言わず、視線を合わせないユーノの事を見る。
目の前にいるユーノの事が少しだけ分かって嬉しい、そう思った。

「私な、うちの子たちが初めて家に現れた時の事を夢に見たんよ」

はやては嬉しそうに、そう語りだす。

「だからユーノ君が言い当ててくれた時、本当に嬉しかったんや。なんや、ただの偶然でもちょっとテンションがあがってしもたんね」

はやては苦笑しながら言葉を続けた。

「だからユーノ君のちょっとした変化が分からなくて、空気読まずにあんな事言ってしまったんよ」

はやてがそう言い終わると、続いてユーノも、

「僕も昨日は昔の事を夢に見たんだ」

そう語り始めた。
初めて長老に会って、ユーノ・スクライアという名を授けてくれたこと。
それからその長老が教えてくれた様々な遺跡についての出来事や知識をユーノに教えてくれたことなど。
そんな話をしているユーノの目は少年のようにきらきらと輝いていた。

──ユーノ君、かなり嬉しそうやな。

また一つ、ユーノの事を理解したような気がした。
はやてが楽しそうにそんな事を考えていると、

「あ、そうだ」

ユーノが何かを思いついたように手を叩く。
はやては突然のユーノの行動にハテナマークを頭に浮かべ、ユーノの様子を伺う。
そんなはやての事を気にすることなく、ベッドにおいてある袋を手にした。
満足そうに頷いた後、ユーノははやての方へと振り返る。
そして、

「一日遅れだけど、誕生日おめでとう。はやて」

お祝いの言葉と共に、ユーノは笑顔で手に持つ袋をはやてへと差し出した。

「ふぇっ?」

はやては本当に心の底から驚いたのだろう、呆気に取られた顔をして固まってしまった。
そして、何を言われたのかを理解した時、

「え? え? これ、私に?」

周りをキョロキョロと見回してから、自分自身を指した。
そんなはやてを見て、ユーノは笑顔で頷く。
恐る恐るユーノから袋を受け取ると、袋の中には綺麗に装飾が施された箱が顔を覗かせているのが見えた。

「空けてもええんかな?」

「どうぞ」

ユーノはその言葉を待っていましたと言わんばかりに、得意気にはやてに答える。
はやては丁寧に包装を剥がしていき、やがて一つの箱が姿を現した。

「わ〜」

中から出てきたのは、綺麗なガラスで作られている箱。

「ありがとう」

はやてはこれ以上にない笑みを持って、ユーノにお礼を言った。

「綺麗な箱やね、小物入れかなんかか?」

そう言ってはやてが箱の蓋を開けたとき──、

「えっ?」

中から聞こえてきた旋律に、はやては目を丸くした。
その様子を見てユーノは、

「それはね、オルゴールなんだ」

はやてに話す。

「綺麗な音色……」

はやては目を閉じ、手元から流れる音楽に意識を合わせる。
やがて数分もしない内に曲が出だしに戻った。
そのタイミングではやては目を開け、蓋を閉じると、

「ほんまにありがとうな!」

本当に嬉しそうに、ユーノに微笑んだ。
ユーノはそんなはやてを見て、

「実はね、もう一つ仕掛けがあるんだ」

そう言いながら入り口へと歩き、窓からの光を遮断し、部屋の電気を消した。
たちまちにユーノの部屋は真っ暗な闇に包まれる。

「ユーノ君? 一体、何を……?」

「はやて、オルゴールを開けてみて?」

はやては少し困惑した声でユーノに問いかけ、ユーノはやれば分かるという風に答えた。
はやてはユーノの言葉通り、オルゴールの蓋に手を伸ばし…………開いた。


「うわぁ〜!」


はやては先ほどよりも大きな感動の声を上げ、空を見上げる。

空──まさしくそこには空が広がっていた。
無数の小さな光が散らばり、まるでそこには星達が輝いているように見える。
先ほど聴いた音色が、星の輝きに合わせる様に舞う。
はやて達は、今まさに夜空を見上げていた。




やがて満足したのか、はやてはオルゴールを閉じた。
そしてユーノはそれを見計らうように、部屋に光を取り戻す。

「どう? 気に入ってくれたかな?」

「もちろん! 最高のプレゼントや!」

はやては一杯になった胸を押さえ、ユーノにとびきりの笑顔で答えた。







その後二人は夕食を共に取り、これからもよろしく、と互いの手を握り合って各々の部屋へと戻っていった。












     ◇     ◇






「というわけで仲直りしたよ」

ヴィータは不機嫌そうにユーノの顔を見る。

「なんでそんな事いちいちあたしに報告するんだよ」

「いや、ヴィータに言っておいた方がいいかなと思って……」

ヴィータの言動におろおろするユーノ。
そして、その態度を見てイライラを募らせるヴィータ。
こうして改めて見ると、二人の相性は良くないのかもしれない。

「とにかくあたしは忙しいんだ。用が済んだならあたしはこれで帰る」

そう言ってヴィータは踵を返して歩いていこうとする。
そんなヴィータの背中へ、ユーノは声をかけた。

「はやての事──僕支えるから!」

「──っ」

ユーノの声にヴィータは動きを止めた。
その手は力いっぱい握られ、歯を噛み締めている。

「今回の事は本当にはやてを悲しませてしまったと思う。でもこれからは悲しませないように頑張るから! それだけを言いたかったんだ。引き止めてごめんね」

そう言ってユーノは無限書庫の資料室へと戻っていった。



残されたヴィータは未だ立ち止まり、足元を見ていた。

「くっ」

呻く様な声を出し、握った手で壁を思い切り殴りつける。

ヴィータの中で渦巻く感情。

それがなにを意味するものなのか、それはヴィータ自身にも分からなかった。






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