第八話 幸せの行方 


特別捜査官に任官した日の夜。

「はやてさん、少しいいかしら?」

お祝いパーティーが終わり、自室に戻ろうとしていた帰り道。
ふと、はやてはリンディに声をかけられた。

「リンディ提督? ええですよ。みんな、先に戻っててもらってええかな?」

「分かりました。では、失礼します」

シグナムは自分の立ち入る話ではないと察知したのか、はやての言葉に素直に頷く。
一方、ヴィータは未だに興奮が冷めていないのか、

「あたしはついてっちゃダメなのか?」

はやての服の裾を掴んで甘えるように声を出していた。

「はやてさんの個人的な話ですから……」

「ほら、ヴィータもリンディ提督困らせたらあかんよ?」

「分かったよ……」

リンディの困ったような顔と、はやての言葉にヴィータは渋々納得した。
そして、ヴォルケンリッターは部屋へと戻って行く。
その後姿を見送った後、リンディが口を開いた。

「ここではなんですから、ちょっと場所を移動しましょうか」

「分かりました。シャマル、ここでええよ。ありがとうな」

「はい、はやてちゃん」

シャマルはリンディに車椅子のハンドルを譲り渡し、はやてはヴォルケンリッターと別れた。












          第八話    幸せの行方










「どうぞ」

リンディが案内してきたのは、とある会議室。
扉の向こうへ足を踏み入れると、そこにはすでにレティが腰をかけていた。

「お疲れ様です。レティ提督」

はやては立ち上がったレティと目を合わせると、敬礼をして挨拶をする。
レティは笑顔ではやてに返礼をした。

「はやてさん。任官おめでとう」

「はいっ、ありがとうございます」

「はやてさん。とりあえず好きな所へ座って下さるかしら?」

「はい」

はやては車椅子を動かし、会議室の下座へと移動する。
そして近くの席へと腰を落ち着けたとき、リンディがはやての前に座った。

「あなたをここに呼んだのは他でもありません。はやてさん、この先あなたはどうするんですか?」

「特別捜査官という肩書きを持って、与えられた任務に従事するつもりです」

迷いなく答えたはやてにレティは少しだけ驚き、リンディはやはりといった表情を作る。

「……それははやてさんの本心ですか?」

「はい」

「そうですか……」

リンディは少しだけ残念そうに肩を竦める。
そして決意するように口を開いた。

「ではもう一つ聞いていいかしら?」

「はい、なんでしょう?」

「はやてさんは学校はどうするのですか?」

「えっ?」

はやては目を見開いてリンディの口にした言葉を確認する。

「学校……ですか?」

それほどまでに予想外の言葉だった。
なぜ今更そのような単語が出てくるのか。
はやてにはそれが理解できなかった。

「そうです。なのはさんたちも通っているでしょう。その学校です」

「えっと」

はやては動揺し、すぐに答えられなかった。
リンディはその事を悟ると、レティへと目配せをする。
レティは黙って頷いた。

「はやてさん、今はまだあなたは仕事に没頭する年ではありません。あなたが住んでいる世界では少なくても十五歳までは義務教育というものが存在するそうですね」

「……はい」

リンディは優しく諭すようにはやてに声をかける。
元々、学校へ通わなかった理由が車椅子では何かと不便だったからなのだが、今はリハビリのおかげで松葉杖で歩けるようにはなっている。
はやてが学校へ行けない理由はなくなったのだ。
しかし、言葉の意味がはやてに伝わっているかと問われればそれはまだ分からない。

「あなたはまだ世間と言うものを知らない。自分の見てきたもの、考えるものが全てではないと言う事を学んできて欲しいのです」

学んできて欲しい、その言葉ははやてにとって体の好い言葉にしか受け取れなかった。

「でも! わたしは、特別捜査官として──」

「特別捜査官としての仕事もありますが、あなたには義務教育を最後まで受ける事が最優先事項です」

冷たく言い放つリンディの言葉を受けて、はやては俯き拳を握った。

なんぜこうなってしまうのだろう?
今日、特別捜査官に任命されたはずなのに。
それなのに今更、義務教育などと言った地球の習わしが自分の『やるべき事』の前に立ち塞がるのか。
困っている人を救いたい。
その気持ちを抱いてこの一年頑張ってきたはずなのに、それが認められて今日任官されたはずなのに、なぜ──。

そしてはやての口から一言、微かにだが一言が漏れる。

「そ……れは……」

その一言を切っ掛けに、胸に溜まっている不満が溢れ出した。

「特別捜査官の仕事以上にそれは大切な事なんですか!? わたしは、学校の勉強をする事より、困っている人を助ける方がよっぽど──」

「八神特別捜査官」

はやては抑える事の出来ない想いを、まるでダムが決壊したような勢いで捲くし立てていく。
だが、その勢いを途中で遮ったのは、レティだった。
たったの一言。
それだけで、はやての言葉が止まってしまったのだ。
それほどにレティの言葉が凄みを帯びている。

「あなたはすでに時空管理局という組織の中のいち局員です。上司の言葉に逆らうのですか?」

「…………」

はやては答えない。
確かに組織の一部に正式に決まった。
だが、学校に通うために組織に入ったわけではない。
一年前のあの時から、ずっと自分の中にある一本の矢を糧に頑張ってきたのだ。

「それでも、私の目指すものの為に、捜査官の仕事をさせて下さい」

そうはやては譲歩を申し出る。
だが、リンディははやての申し入れを許可する事なく、

「はやてさん。別に捜査官の仕事が出来なくなるわけではありません。平日には地球で義務教育を受け、休日や学校が終わった後に特別捜査官の勉強をすればいい。そう言っているんです」

そう答えた。
だが、はやても譲らない。

「年齢が問題になっているのなら、同じ年のクロノ君は──」

「クロノは……」

リンディは少し躊躇い、そして黙り込んでしまう。

「わたしだって同じように──」

そう言ったはやてを手で制したのは、隣に座っていたレティだった。

「クロノ君はある事件でお父さんを失ったの。それからはリンディの反対を押しきって、自分を殺すような無茶をして……脅迫概念の様なものに追われている様にすら見えるような生き方をしていた。今ではそんな素振りはないけど、決して幸せとは言えないと思うわ。だからはやてさん、あなたに同じ道を歩ませたくないという私たちの願いもある。リインフォースが残してくれた幸せ。それをあなたは手に入れる事が出来る。いえ、リインフォースに報いたいと願うなら、あなたは幸せにならなければならない」

レティは一旦話を区切り、一呼吸置いてさらに話を続けた。

「何も事件の捜査が出来ないわけじゃないわ。学校に行って、遊んで、笑って、泣いて……。それから特別捜査官の仕事をしても遅くはないのよ」

レティの優しくも、反論を許さない言葉にはやては口を噤んでしまう。
そして、まさかクロノにそんな過去があったとは想像だにしていなかった。
アースラの艦長を母親に持ち、自分と変わらない年ですでに執務官。
ならば、生まれてすぐに『そうなる為』に訓練を受けてきた生粋の魔導師だと思っていたのだが、とんだ思い違いをしていたようだった。

「さっきは上司の命令と言いましたが、本質は違います。この話は、同じ位の年齢の子供を持つ親の頼み、と言っても過言ではありません」

「はやてさん。どうか受けていただけないかしら?」

自分の考えと、クロノの生い立ち。
家族を失った『事実』は同じでも、その中にある『過程』が全く違う。
クロノの父親は道標を残せなかったが、はやてにはリインフォースから示された『道』がある。
その考えに至った時、

──『自分の幸せを守れない人が他の人を幸せに出来るのかな?』

ユーノの声がまた、頭を過ぎった。

シグナムに決意を試された時、ユーノに言われた言葉。決意のキッカケになった一言。
その言葉が頭を駆けた事で、はやては初めて『自分が望んだ道』以外の、『幸せを願う人が望む道』が見えた気がした。
平穏な日常の中にある、温かい平和なひと時。
そんな時間を夢見て、その時間にいる事ができない事を悔やみ、しかしはやての為に去って行った存在。
柔らかな白銀に包まれた世界の中で、沈んだ灰色の空の向こうに消えた一人の騎士の事。
はやての幸せを願った一人の騎士と同じように、目の前の二人も同じように自分の幸せを考えている。
自分を気にかけてくれる人がいる。
その好意を無下にするなど、出来るのだろうか。
……いや、できない。

「…………分かりました」

それを痛感した時、はやては承諾の返事をしていた。

「ありがとう。はやてさんには義務教育の間は前線は控えてもらって、レティ、クロノと一緒に現場の指揮を見てもらいます」

「つまり戦わないって事ですか?」

「絶対とは言いきれませんが、そう思ってもらって構いません。そもそも、戦いが起こる方が滅多にないんです」

「そうなんですか?」

滅多に戦う事はない、その言葉を聞いてはやては少し驚いた。
何せ、一年の間で二つも大きな事件が地球であったのだから、武力が介入する事件は相当多いものだと思っていたからだ。

「えぇ。多くは災害救助や、研究員の現地護衛。未確認物体の収集とその運用。どちらかと言うと、ロストロギア関連の戦闘事件が立て続けに起こった方が不思議なのよ」

「えっと……なんかすみません……」

「あなたが謝る事じゃないわ。とにかく、戦闘なんてそうそうないから、安心して現場の執り方を学んでくださいね」

「はい、分かりました」

「私からの話はこれまで。何か質問はありますか?」

「いえ……大丈夫です」

「そうですか。なら、なのはさん達の学校への編入の手続きとかはこちらが手配しますからはやてさんは精一杯学校生活を楽しんでくださいね」

「……はい、分かりました。それでは失礼します」

はやては頭を下げて、会議室を後にした。











「思ったよりすんなり受け入れてくれたわね」

はやてが去った後、ヤレヤレと言ったようにレティが口を開いた。

「もっと抵抗してくると思ったけど、杞憂に終わってよかったわ」

「えぇ……そうね」

リンディは少しばかりの罪悪感を感じているのか、トーンの低い声で答える。

「仕方ないことよ。あなたが気に病む必要はないわ」

レティは立ち上がると、そっとリンディの隣に座り肩に手をかけた。

「そう……よね」

リンディは歯切れの悪い返事を寄越す。
ユーノのレポートに目を通し、はやての頑張りを見守ってきていただけに、はやてに今回の事を告げるのは少しだけ躊躇われていたのだ。
しかし、今回の事はそれ以上にはやての事を思っての行動だった。

──親がいない子を心配するのは大人の務め。
──それが私たちと縁が深いのならその子をしっかりと見てあげないといけない。
──無闇に管理局に引き込んで彼女達の未来を縛り付けてはいけない。

はやてを呼んで来る前に、レティが口にした事。
どれもはやての事を思っての言葉なので反論する事はなかった。
そう、彼女にはまだ未来がある。
今考えているものが全てではない。無限の可能性がある。
何も今、この先の生き方を決める事はない。

「あの子はまだ子供なの。世間も、外聞も、建前も知らない純粋すぎる子供。あの子が四六時中この組織にどっぷりと浸かるにはまだ早過ぎるわ」

リンディの考えを見透かすように、レティは静かにそう口にした。

「そうね。組織に一度浸かってしまうともう戻れないものね……」

「そう、クロノ君のようにね」

リンディは答えない。
それでもいい、という風にレティは口元を緩めた。

「まぁ、あの事についてははあの人が直々に話すでしょう」

「……そうね。時期が来れば自分から伝えると仰ったのでしょう。なら、私達が言うべき事じゃないわ」

「そう。私達にはできる事と出来ない事、知っておかなければならない事、知る必要のない事がある。組織の中で個人は生きていく事が出来ない。それは地球で言うところの義務教育で学ぶわ。彼女にとってもプラスになるでしょう」

レティは静かに頷き、話題をはやてへと戻す。
そう語るレティの口元はどこか残念めいていて、口を噛み締めているようにも見える。

「確かに今のはやてさんの考え方ではきっと……」

「えぇ、『組織を危うくする事もありうる』。その時、他の連中が静観してくれるかどうか……」

レティが言い終わらないうちに、リンディは盛大にため息を吐いた。

「はやてさんの願いを叶えてあげたいけど、一筋縄にはいかないわね……」

「組織なんてそんなもんよ」

レティがリンディの肩を軽く叩くと、それを合図にして二人は立ち上がる。

「とにかく、まずははやてさんの転入手続きをしないと」

「頑張ってね」

「えぇ」

「それじゃ、おやすみなさい」

「えぇ。また今度」

軽く挨拶をすると、二人は各々の部屋へと歩いて行った。








     ◇     ◇






両手で漕ぐ車輪が少しだけ重い。

「はぁ……」

先ほどから何回ついているか分からないため息をつく。
その原因は明白。
特別捜査官になった事で前へ進んだと思った矢先に起きた思わぬ障害に、はやては気落ちしていた。

「なんなんやろなぁ……」

自分の進んできた道は無駄だったのか?
そんな考えが頭を過ぎるも、すぐに頭を振って追い払った。

「あかんあかん」

つい、最近ユーノと指きりをしたばかりなのに何を考えているんだ。
前向きに前向きに。

頭の中で同じ言葉を唱えていると、ふとユーノの顔が見たくなった。
しかし、すでに夜も遅い時間。
ヴィータならすでに寝静まっている時間だろう。
この時間、ユーノが起きている可能性も分からない。
いないなら帰ればいい。でも、もしいたら──。
その可能性を頼りに、はやては『あの場所』へと向けて、車椅子の方向を変えた。










はやてが向かった場所。
ユーノとよく会うはやてにとってのお気に入りの場所。
そこには、静かに瞬く星達の下、ユーノが空を眺めて座っていた。

「いた……」

もしかしたら、という思いでやってきたはやては、見慣れた姿をベンチに見つけることで安堵すると同時に、少しだけ緊張を覚えた。
今までにない感覚。
いつもの自分──いや、前までの自分では考えられない今の感覚に少しはやては戸惑いを覚える。
でも、それは気にしなくても問題ない些細なモノ。
はやてはゆっくりと車輪を回し、ユーノへと近づいた。

「あれ? はやて?」

車椅子が軋む音が聞こえたか、ユーノの直感か。
はやてが声をかける前に、ユーノははやてを見つけ、声をかけた。

「ユーノ君。こんばんわ」

「うん、こんばんわ。あ、そうだ。改めまして、特別捜査官への任官おめでとう」

「ふふ、ありがとう」

ユーノがふっと微笑むと、はやてもできるだけ笑顔で返す。
実の所、あまりにも顔が熱かったので違和感なく笑えていたか少し心配だった。

「こんな時間にどうしたんだい?」

しかし、それはどうやら杞憂だったようで、ユーノははやてに心配の言葉をかけてきた。

「うん……ちょっとな」

「悩み事?」

「悩みというか……うん。ちょっとどうしたらええか分からなくてな」

「そっか、聞くよ?」

「ん……春からな、学校へ行けって言われたんよ」

少しだけ躊躇い、要点だけ口にしたはやて。まとめきれてないと言っても、結局口にすれば一言だった。
そのほかに色々と言われたが、そちらはまた別の話。
やる事が明確になっただけに、はやては気落ちする。

「へぇー! よかったじゃないか」

しかし、はやての落胆を知らないユーノは、その事を喜んだ。

「ユーノ君も学校へ行った方が良いって言うん?」

「え……?」

はやての少しだけ冷めた態度に、ユーノは少しだけ動揺する。

「私は……あまり気が進まないんよ」

「はやて……」

はやての一言で、ユーノははやての考えが分かった。
今まで一番近くで見ていたから。
誰よりもはやての目標のために力になったから。

「それを言ってきたのは……誰?」

「リンディ提督とレティ提督」

「……そっか」

彼女達の薦めなら必ず何か考えがあるはずだ。
ユーノはそう考えると、クロノの事を思い出した。
もしかしたら──。

「やっぱり親に近しい者としては、学校へ行って欲しいんじゃないかな?」

「それは……分かるけど、でも!」

「分かってる。困った人を救いたいから特別捜査官になったのにって事だよね?」

「そうや。まだ勉強する事はたくさんある。やらなきゃいけない任務もたくさんある。それなのに学校なんて意味の──」

「ストップ、それまで。はやて、本気でそう思ってるの?」

ユーノははやての言葉を遮り、真っ直ぐな目ではやてを見据えた。

「リンディ提督は僕達の行動を全面的にサポートしてくれた人だ。その人が学校へ行けと言ってる。この行為に意味がないって本当に思ってる?」

ユーノの言葉にはやては黙り込む。
本当は分かっているのだ。
今は言葉に出来ない『なにか』がはやてには足りないという事を。
リンディ達はそれを補ってこいと言っているのだ。
だが、それを認めてしまう事は──。

「多分はやてはこう考えてるんじゃないかな? 『今まで頑張ってきた。その努力が認められて特別捜査官になったのに、これじゃぁ特別捜査官って認められていないのと同じなんじゃないか?』って。」

「そんな事は!!」

今まさに考えていた事を見抜かれ、はやては焦るようにユーノの言葉を否定する。が、はやてはそのまま俯いてしまった。
しかし、ユーノははやての反応を見て、やはりというように肩を竦める。
そして少しだけ申し訳なさそうに、ユーノははやてへと言い渡した。

「ハッキリ言おう。その通りだよ。はやてはまだ、認められてない」

「──ッ!!」

ユーノの口調は冷たく感じられ、俯くはやての心を突き刺す。
ここに着くまで何度も思ってそれでも否定してきた考え。
それを他ならぬユーノから言われた事で、はやては頭の中が真っ白になった。

「でも、僕はこれはチャンスなんだと思う」

しかし、ユーノはまだ言いたい事があると言わんばかりに話を続ける。

「……え?」

その言葉に希望を見出すように、はやてはユーノへと視線を向けた。

「上司の言葉に従うって事は、必要な事だと思う。今回のはどちらかと言うと、親的な立場の意見っぽいけど」

「でも」

「はやてのやろうとしている事は、時に管理局と天秤にかけるようになるかもしれない。極端な例だけど、困っている人を見捨てないと管理局が壊滅するとしたらはやてはどっちを取る?」

「それは……」

「見捨てないだろうね。でも、管理局の局員であるはやては見捨てないといけない。それが、管理局員であるはやての務めだから」

「……」

「組織ってそういうところなんだよ。個人的な意見を反映するには、新米には出来ない。上司の命令は絶対。だとしたらどうする?」

「……自分が上司になる」

「それともう一つ。上司だけじゃなく、周りに信頼されることも必要だと思う」

「信頼?」

「そう。命令を無視するような部下の願いを上司が聞いてくれると思う?」

「……思わんな。都合のいい事言ってるだけのわがままな子になるな」

「そう。周りから信頼されるようになれば、自然とはやての意思を汲んでくれるようになるかも知れない。少なくても邪魔をする事はないと思う。命令やこちらに被害が出ない限りは」

「なら、学校へ行くって事は……」

はやての考えにユーノは頷く。

「多分、集団生活での身の置き方を学んで欲しいんじゃないかな? どんなに納得のいかない事でもやらないといけないという事を体験しておかないと、いざと言う時にはやてが足を引っ張るかも知れない」

「でも自分が信頼されて、集団の中心にいれば自分の意思を反映できる」

「まぁ、そうだね。でも、集団生活の中で信頼されるって言う事は考えてる以上に大変な事だよ。必ず意見を違えて衝突が起こるからね」

「……うん。そやろな」

「リンディ提督の考えがそうだって断言できないけど、はやてに必要なことだと思って今回の事を言ったんだと思う」

その言葉を聞いて、はやては盛大にため息をついた。
自分はまだ未熟。
体の事も、地位的な事も。
それなのに、任官された事で自分の好きなように出来ると思いあがっていた事にはやてはようやく気がついた。

「そかー。なんやリンディ提督には頭が上がらんなぁー。ユーノ君にも」

「僕は大した事してないよ」

ユーノは苦笑いして、言葉を続ける。

「まぁ、そういうわけだから、はやては学校へ行くべきだと思うよ」

「うん……リインもそう考えたんやもんなぁ……」

「え?」

「レティ提督に言われたんよ。リインが願った幸せの事も考えてやれって」

「そっか……」

「ユーノ君はどう思う?」

「僕は……やっぱり学校へ行った方が良いと思うな」

「……ほか」

ユーノの言葉にはやては少しだけ寂しさを覚えた。
ユーノに諭された今も、やはり大手を振るって賛成! とはいかなかい。

それはただ任務だからとか、学校だからとか、特別捜査官と扱われていないからとかではない。

ただ、純粋にここで生活する事がなくなる。そう思ったから。
それはつまり……今の様な時間が気軽に取れなくなる、という事。

もっと直接的に言えば、ユーノに会えなくなる。という事。

それがはやての後ろ髪を引くように、決心に踏み切れない理由だった。
その考えが顔に出ていたのか、ユーノは踏ん切りがつかないはやてに後押しするように口を開いた。

「じゃぁ、こうしよう。一年間、与えられた環境で精一杯頑張ってみる。そして一年後に決めてみるのはどうだい?」

「決め……る?」

「そう。リインフォースの願った幸せを続けるか、はやてのしたい事を続けるか」

「私は……」

「今決めなくていいんだよ。とにかく精一杯学校生活を楽しんでみたら?」

「……うん。分かった」

「あ、そうだ!」

ユーノは思いついたように、手を叩く。

「この前のあれ、やろうか」

「あれ?」

「指きりだよ」

はやてはその言葉でドキッとした。
自分の気持ちが分かってしまった出来事。
それを意識しない訳がない。

「う、うん」

鼓動を早くしながら、おずおずと手を出す。
ユーノは差し出されたはやての右手を取り、小指に指を絡めた。

「えっと、指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」

たどたどしくユーノがそう口にして、はやてとの指を離す。
ドキドキしっぱなしで喋れなかった事もあるが、はやては驚きの顔でユーノを見た。

「ユーノ君、あの一回で覚えたの?」

「いや、少しだけ調べたんだ。日本の風習って結構面白いね」

笑顔で笑いかけるユーノ。
はやてはすぐに視線を逸らす。
意識し始めると、ユーノの顔が真っ直ぐに見えなくなる。

「わ、私今日はこれで戻るな! 今日はほんまにありがとう! それじゃ、おやすみ!」

「あ、あぁ……」

はやては早口でユーノに挨拶すると、車椅子のタイヤを回して宿舎の方へと姿を消した。










「何を慌ててたんだろう?」

はやての姿が見えなくなったあと、ユーノは一人首を傾げる。
そして先ほどの話を思いだした。
一つだけ言わなかった事がある。
いや、言えなかった。
はやての気持ちを考えると、それの事を口にするのは憚られたのだ。

「リインフォースの願った幸せ……か」

平和な世界で平穏に暮らす生き方。
こちらの世界で人を救っていく生き方。

そちらの方がいいだろう。無理にこちらの世界に介入する必要はない。
だが、それは彼女には言えない。
今の彼女の意思を踏みにじるような事は決して出来ない。
一緒に特訓をしてきて、そのひた向きさを、意思を痛いほどに知っているから。
もどかしい気持ちも同時に分かるから。
だから言えなかった。
例えそれが、リインフォースの願った幸せだとしても、言うわけにはいかなかった。
言ったら……それがリインフォースの望んだ幸せだと断言をしてしまったら、きっと深く悩んでしまうだろう。

確かにこれは自分で悩んで決めないといけない事だが、今決めるべき事じゃない。
そのためにとりあえず一年の期間を設けたんだ。考える時間は十分にある。

「頑張れ。はやて」

はやての消えた方へ向かって一言呟く。
その言葉は煌々と輝く星空へと溶けていった。






     ◇     ◇





そして時は流れ四月。




ピーんポーン。
八神家に電子音が響く。

「はーい」

シャマルが応えて玄関へ向かうと、見知った顔が並んでいた。

「おはようございまーす!」

なのはとフェイト、すずか、そしてアリサの元気な声が響き渡る。

「はやてちゃーん! みんなお迎えに来てくれたみたいですよー!」

リビングへと大きな声でシャマルが呼びかけると、

「もうすぐ行くからちょっと待っててな!」

はやての慌てたような声が返ってくる。
シャマルはクスクスと笑うと、

「というわけです。少し待っててくださいね」

そう言ってリビングへと戻っていった。

「中にいるのも悪いから、外へ出ましょう」

アリサがそう言うと、そうだねと全員頷いて扉の向こうへと足を進めた。







「みんなお待たせ!!」

扉を開けてはやては元気よく、外で待っている友達へと声をかけた。

「はやてちゃん、久しぶりー!!」

「今年から一緒の学校に行けるんだって!?」

すずかとアリサの声が、青く広がる空に吸い込まれる。

「二人とも久しぶり! 連絡できんくてごめんな? うん、今年から同じ学校に通えるんよー。よろしくな」

「こちらこそよろしくだよー!」

「言われなくても仲良くしてあげるわよー!」

久しぶりに顔を合わせる二人に、はやては笑みを零した。

「同じクラスになれるといいねー!」

「何かあったら遠慮なく言ってね?」

「うん、なのはちゃんもフェイトちゃんもおおきにな」


久しぶりに集まる五人。
松葉杖をつきながらも、懸命に歩くはやて。
他の面々はその事に触れずに、他愛のない話をしながらゆっくりとはやてのスピードに合わせて歩く。


穏やかな風が海鳴市の町を吹きぬけていく春。
桜の花がようやく咲き始めた頃、はやては海鳴市に戻ってきた。


「今日からみんなと同じクラスでお勉強をすることになる、八神はやてさんです。みんな仲良くしてあげてね?」

「はーい!!」

「それじゃ八神さん、自己紹介をお願いできるかしら?」

教師がはやてにそう促すと、はやては少し顔を傾けて頷いた。

「みなさん、初めまして。八神はやてです。こんな話し方してますけど、ずっと前からこの近くに住んでいました。何かとご迷惑おかけしますが、よろしくしてもらえると嬉しいです」

はやてが自己紹介を終えて頭を下げると、拍手がはやてに降り注ぐ。
はやてがこのクラスの人々に受け入れられた瞬間だった。

「あはは、おおきに」

「それじゃ、八神さんは空いてる席に座って。すぐに席替えするから」

「はいっ!」

教師の言葉にはやては素直に頷いて真ん中辺りにある席へと歩いた。
歩きながら、教室の端の方にいる四人に目を向ける。
なのは、フェイト、ありさ、すずか。
見慣れた四人の友達が、はやてに小さく手を振っている。
はやてはそれを見て、微笑み返しながら席に着いた。

「はーい、それじゃー今年からこのクラスの担任を務める事になりました────」

担任の自己紹介を聞きながらはやては確かめるように、自分ができる精一杯をやろうと心の中で意気込むのだった。




     ◇     ◇




キーんコーンカーンコーン。

小学校のチャイムが鳴ると同時に、はやての席にはたくさんの人が集まった。

「ねぇ、八神さんて関西のどこから来たの!?」

「なぁ、八神ってなんで松葉杖なんだ?」

「八神さんて──」

転校生の洗礼と言わんばかりに、文字通り四方八方から質問が浴びせられる。

「あ、あの、えっと」

はやてはいきなりの状況に戸惑っていると、

「あんた達、いい加減にしなさいよね!? はやてが困ってるじゃない!」

助け舟を出してくれたのは言わずもがな、アリサ。
後ろにはすずかとなのは、フェイトが少し複雑そうな笑い顔ではやての事を見ていた。

率先して助けてくれるアリサは本当に頼りになる。
はやては心の中でお礼を言う。
でも、なんで後ろの三人は揃って苦笑いしているのだろう?
はやてはそんな事を考えながら、目の前の動向を見守っていた。

「質問は一人一つずつ! じゃないとはやてが困るでしょ!」

アリサがそう言っている横で、すずかとなのはとフェイトがはやての隣へとやってきた。
そして、すずかははやてにそっと近づいて静かに耳うちをする。

「実はね、一年半前くらい前かな? フェイトちゃんが転入してきた時も、おんなじやり取りが合ったの」

そう言ったすずかの後ろではフェイトがはにかんでいた。

「そうなんや。だからアリサちゃんはあんなに手馴れてるんやね」

「ほら、文句言わない! 順番に聞いた方が効率いいわよ!」

いつになく声を張り上げてクラスメイトをまとめ上げるアリサ。
その後姿に、少しだけ去年受けた裁判の光景が重なった。

裁判の時、自分を守ってくれようと表立ってくれたユーノ。
今、自分を守ってくれようと目の前で他の人達をなだめるアリサ。

頼りになる、というのはこういう事だろう。
二人はなんだか少しだけ似てるな、と思いつつ、ここにいないユーノの事を考えた。


今何してるのかな?


口にはせずそんな事を考えるだけで、はやては心の中に温かいものが広がるのを感じる。

「はやて? どうしたの?」

アリサが顔を覗きこんできた事で、はやては現実へと引き戻される。

「ううん、なんもあらへんよ!」

今は離れてしまったけど会えない訳ではないのだから──そう考えてはやては質問に応えていくのだった。









     ◇     ◇









それからのはやては積極的に物事をこなしていった。


運動会があれば声が出なくなるほどに応援し、、
テストがあれば返却される時に先生やクラスから褒め称えられ、
文化祭があれば率先してクラスを纏めあげてクラスを一つにした。


もちろん、その意気込みは学校だけではない。


学校が終われば、捜査資料に目を通して報告書、考察書などを書きあげたり、
休日になれば管理局へ行き、レティとクロノに特別捜査官や指揮官としてのノウハウを勉強する。
空いた時間にエイミィに会い、リインフォースについて話し合う。

友達付き合いも疎かにする事はなく、夏休みになのはもフェイトもアリサもすずかで旅行に行ったりもした。
もちろん、そのほかの人とも遊んだりもした。

平日なのに任務へ出ているなのはとフェイトを少しだけ羨ましくも思いながら、その度に頑張ろうと意気込む。


平和な時間は楽しい。

集団生活の中に身を置くことは大変だが、それ以上にある気持ちが芽生えていた。

だからこそ、はやてはますます立派な特別捜査員になりたいと考える。




困っている人だけじゃない、平和な暮らしをしている人達を守りたいとも思うようになったから。





そして季節は巡り…………季節は寒空を遠くへと感じる冬へと移る。




先生からは信頼され、友達からは一目おかれ、レティからも褒められ、リインフォースの製作も目処が立った。

自分ならきっとやれる。

何もかもが順調に行っていて、はやては自分の歩むべき道を決めて、自信に満ち溢れていた。



そして、そんなある日。




はやては学校がある日なのにもかかわらず、本局へと呼び出されたのだった。






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