第4話  幸せ







祐一は人ごみの流れのり、時には掻き分け、やっとの事で大きな雪だるまの看板が真上に見える場所へと辿り着いた。

看板の雪だるまには『スノーコースター・ウィンターストライク』と言う文字がでかでかと書いてある。

祐一は少しだけ走ったからであろう、早まっている鼓動が静まるのを待ちながら、周りを見渡す。


「さすがにここにいないとなると、あとは迷子センターで呼び出すしかないか……?」


祐一はさすがにそれは避けたいと思っていた。

なぜならば、子ども扱いしていると思った栞が不機嫌になるからだった。


──まぁ、でも今回は緊急だし、仕方ないよな。


祐一は再度、周りを見渡したが、やはり人が多すぎて、栞の姿を認めることが出来ない。


「栞〜!! どこだ〜? 返事してくれ〜!!」


腹に力を入れて、出来る限り声を張り上げ祐一は叫ぶ。

しかし周りの人に奇異の視線で見られるばかりで、求めている姿は見つからなかった。


「だめか……変な事に巻き込まれてなければいいが」


額に流れる汗を拭い、祐一は再度声を出して栞を探した。



そして10分後、これ以上探しても無駄だと悟った祐一は、最終手段に出る事を決意した。

目的地は先ほど地図で確認した迷子センター。

入り口の近くにあり、ここからだと少しだけ歩く。

一番人気のジェットコースターに行ったのかと思うが、正直見つかる気がしなかった。

なぜならば人気ナンバー2のジェットコースターであの人だかりだったのだ。

とてもじゃないがそんな場所で栞を探すのは想像以上に困難だと思う。

それならば、今入り口付近に戻って迷子センターで呼び出しをした方が効率がいいと考えた。

祐一は自分の選択に迷いはなかった。


──急いだ方がいいな。


思うが早いか、祐一は目的地に向かって走り出した。








迷子センターまでやってきた祐一は、息絶え絶えに係員を呼び出した。

祐一の様子に緊張を見出した係員は、


「どうしました!?」


と声をかけてきた。

祐一は乱れた息を整えるよう努め、


「美坂栞、という人とはぐれてしまって。呼び出しをして欲しいんです」


名前を出来るだけ丁寧に言い、係員へと頼み込む。

すると、


「みさかしおり? もしかして……。君、ちょっと待っててもらえるかな」


係員はその名前に心当たりがあるのか、祐一を置いて奥に戻っていった。

そして係員が少しだけ安堵した顔でにすぐに戻ってきた。


「君の名前は?」

「相沢祐一です」

「じゃー相沢君。こっちに来てくれるかな?」


祐一にそう言うと、係員は再度奥へと戻っていく。

とりあえず状況が把握できていない祐一は、係員の言葉に従うしかなかった。






『関係者以外立ち入り禁止!!』


でかでかと書かれている立ち看板の横を抜け、着いたのは迷子センターの中にあるとある一室だった。

ドアには『医務・休憩室』と書かれているプレートが貼り付けられている。

どうやらこの建物はトラブルのあった人が来るような、総合的な事務所みたいだ。

係員がドアをノックし、中の人の「は〜い」と言う声を確認してからドアを開ける。

係員の後ろについて中に入ると、そこには係員と同じジャケットを着た女性が一人立っていて、その奥のベッドには……栞が眠っていた。


「栞!!」


祐一はすぐにベッドに駆け寄った。


「彼女はホラーコースターの近くで倒れてたみたいでね。心配は要らない、少し疲れてるみたいだ」

「きみはこの子の保護者? 一応学生手帳があったから家に連絡しようかと思ったけど心配要らないみたいね」


女性係員は安堵したように微笑んでため息をつき、


「見たところこの子貧血っぽいわね。それと睡眠不足。昨日はあまり寝てないんじゃないかしら?」


そう言った。

祐一は、係員二人に向き直り


「すみません、ありがとうございます」


深々と頭を下げる。


「いえ、いいんですよ。大事がなくてよかったですね」

「少しだけ休ませてあげればきっと元気になるわ。心配しないで」


二人はそろって笑顔で祐一の言葉を穏やかに受け止めた。


「じゃー僕は戻りますね。相沢君、彼女が起きるまでここを使ってていいから」

「あ、じゃぁ私も戻ります。しっかり彼女を捕まえておかないとダメだぞ!」


そんな係員の気遣いと言葉に祐一は感謝し、


「ご迷惑おかけしました。本当にありがとございます!」


再度、お礼の言葉を口にする。

そして、係員の人は祐一と眠る栞を置いて部屋を出て行った。




祐一は栞の方へ向き、ベッドの横にある椅子に腰をかける。

澄んだ顔で規則正しく寝息を立てている栞の頭を、祐一は優しく撫でた。


「ん……」


栞は幸せそうな顔をして身じろぐ。


──本当に昨日の夜は楽しみで眠れなかったんだろうな。


駅で見た栞の真剣な視線の意味。

きっと今まで出来なかった事を楽しもうとしたんだろう。

子供のときに出来なかったたくさんの遊び。

同年代の子が楽しげに外で遊んでいる、そんな風景を家の中から見ている栞は、子供心にどんな想いを抱いていたのだろう。

そう考えると、祐一は少しだけ感傷的な気分になってしまう。


──まったく、今回の行動を咎める事ができないな。


そう思って祐一はため息をついた。その時、


「ゆういち……さん……」


微かに聞こえるくらいの声で祐一を呼ぶ声が聞こえた。

夢の中でも祐一を探しているのだろうか。

そんな事を考えた祐一は栞の手を握り、


「俺はここにいるぞ」


目の前で必死に祐一を探している栞に向かってそう呟いた。










数十分後、小さな吐息とともに栞が目を覚ました。


「栞!」


握っていた祐一の手に自然と力が入る。

そして少しだけ虚ろになっている栞の目は、すぐに目の前の祐一を捕らえた。


「あれ、祐一さん?? 私一体……」

「覚えてないのか。お前はジェットコースターの前で倒れてたんだぞ?」

「あっ、思い出しました……ごめんなさい、私……」


すぐに倒れたときの事を思い出したのか、栞はすぐに体を起こし祐一と視線を同じ高さにした。


「いや、気にするな。まぁーもう少し休もう。何か飲むか?」


そう言いながら祐一は手を離し、栞の頭に手を置いた。

そして、祐一はゆっくりと栞の体を倒させて立ち上がる。


「じゃぁオレンジジュースをお願いします」


栞は体を横たえながら視線を祐一に留め、答えた。


「了解」


祐一はすぐ側にある赤い自動販売機へと向かった。

この部屋は休憩室にもなっているようだったので自動販売機の他にもパンやカップヌードルなどのインスタント食品も売っているようだ。


「なにか食べるか?」


飲み物が出てくる数秒の間に他の自動販売機にも目を配っている祐一は栞に問いかける。


「いえ、大丈夫です」


栞の言葉に軽く頷くと、ジュースを取り出して再び栞の側へと戻った。


「ほら、オレンジジュースだ」

「ありがとうございます」


栞は体を起こし、祐一から受け取ったペットボトルの口をあける。

少しだけ傾け、コクッコクッと喉を鳴らして渇きを潤す。

そしてすぐに口を離した。


「もう、体の方はいいのか?」

「はい、たくさん寝たのでもう大丈夫です」


応えた栞の笑顔はすっきりとしていた。が、栞は表情を変えないまま続けざまに


「祐一さん、今日はもう帰りましょうか」


そう言い放った。


「は? いや、いきなりどうしたんだ?」


栞の言葉に反応できない祐一は、間抜けな声を出して栞の言葉の意味を頭の中で反芻する。

栞の顔はあくまでも笑顔だったが、


「これ以上ここにいても祐一さんに迷惑をかけるだけですし……」


少しだけ俯き、ペットボトルへと視線を落とす。

そこには先ほど大丈夫と言った笑顔ではない、翳りのある笑顔があった。

その笑顔に祐一は見覚えがあった。

忘れることなんて出来るはずがない。

冬に出会ってから誕生日までの栞の笑顔。

どんな時でも常に笑顔を絶やさずにいた栞。

自分のやりたい事を我慢してさまざまな感情を押し殺した笑顔。

それは諦めることが日常であった彼女の処世術。


そして祐一は、口を開いた。


「栞」


その一言で栞は自分の手元にあるペットボトルから祐一へと視線を移す。

栞と視線がぶつかった。


言いたいことはいくつもあった。

しかし、どれも今の栞へと言う言葉ではなかった。

少しの間ではあるが、その間に悩みに悩んで口にした言葉は


「もう、諦めなくていいんだぞ?」


その一言。




諭すように、栞へと言葉を送った。




そして優しく……頭を撫でた。












三十分ほど休んだ後、祐一と栞は係員の人に挨拶をして再び喧騒の中へと戻った。


「さて、まずは少しでいいから何か食べような」


祐一は腕を組み、何か良い場所はないかと辺りに目を配らせる。

少しの間話をして栞は朝食を食べてきていないということが判明したので、簡単に食事をする事に決めたのだ。


「あまり食欲がありません……」


対する栞の反応はあまり乗り気ではない。


「だめだ。そういう時にこそ何か食べるんだ。お、あそこに出店があるな。あれにしよう」


そう言って祐一は一歩を踏み出す。と、そこで何か思いついたように栞へと向き直った。

そして祐一は栞に手を差し出し、


「今度ははぐれない様にしないとな」

「あ……はいっ」


栞は少しだけ頬を赤らめて祐一の手を取り、祐一は満足げに頷く。

そして二人仲よく、歩き始めたのだった。








    ◇    ◇







その後、二人は今までの時間を取り戻すようにはしゃぎ、乗り物に乗っていった。

栞の体調も朝よりはすっかり良くなった様で、ずっと笑顔で祐一の手を握っていた。

メリーゴーランドに乗る栞はやはり馬車の中へと陣取り、祐一は馬に乗り馬を走らせる真似をして栞を笑わせた。

ゴーカートでは二人で乗り込み、平和な時間を過ごすと思っていたがいつの間にかスリル満点なドライブに。

コーヒーカップでは二人して思い切り回しすぎて降りた時は歩けないほどに目を回した。

ジェットコースターはやはり栞の体が心配なのでやめることにした。

栞は目に見えて残念そうにしていたのでまた来る事を約束した。





そして…………気付けば、空は清々しい青から眩しいほどのオレンジへと変わっていた。





「祐一さん」


そんな景色の中で、栞は祐一へと声をかけた。

振り返った祐一の目に映るのは、オレンジの夕陽を背景に微笑んでいる栞の姿。


「最後にあれ行きませんか?」


そう言って栞が指した先には観覧車が、まるで沈んでいく夕陽に同調するようにゆっくりと動いていた。







二人が観覧車に乗り込むと係員が「ごゆっくりどうぞ〜」と言うと共に扉を閉じた。

ガタン、と揺れ二人を乗せたゴンドラは静かにゆっくりと上昇していく。


「観覧車か……。乗るのは何年ぶりだろうな〜」


と言う祐一の呟きを他所に、栞は窓の外をつめている。


「栞?」

「え? あ、ごめんなさい」

「どうしたんだ?」


祐一の問いかけに答えるわけでもなく、栞はまた外を見渡す。そして口を開いた。


「ここにいる人たち、みんな幸せそうですね」

「そうだろうな」


祐一は栞の目線の先を追う。

そこにはたくさんの家族連れの人々が笑顔で、子供と手をつないで歩いている風景が見えた。


「私、子供の頃は寝たきりで外で遊ぶことがこんなに楽しいとは思いませんでした」

「そっか……」

「楽しいっていう事は、幸せですね」

「そうだな」


祐一は栞の言葉に相槌を打つ。


「私、今日という日を絶対に忘れません」


こちらを向いた栞は笑顔で、


「ありがとうございます、祐一さん」


そう言って頭を下げた。

そんな栞の挙動を見て祐一は一瞬戸惑ったが、すぐに栞の頭に手を置き──髪の毛が乱れるくらい乱暴に撫でる事で栞に答えた。


「きゃっ、何するんですか!!」


祐一の行為に慌てふためく栞。そして祐一は、


「まったく、そんな仰々しく感謝なんてするな。今日は楽しかった、それだけでいいだろ」


悪戯っぽい笑みを浮かべて栞へと言う。

そして、祐一の言葉に栞は声を詰まらせた。


「それは、そうですけど──」

「それに」


──これまでに遊びたかったこと、いくらでも付き合うし……楽しませてやるからな。


「まだまだたくさん楽しいことはあるんだから、いちいちこんなに大げさに感謝してたら楽しい時間がもったいないぞ?」


祐一は栞に笑いかけると、栞もつられて笑った。


「祐一さん、隣行ってもいいですか?」

「あぁいいぞ、おいで」

「では、失礼します」


栞が立ち上がり、少しだけゴンドラを揺らしながら祐一の隣へと腰を降ろす。


「祐一さんの所からはこう見えるんですね」


栞はそう言って──祐一の肩に頭を乗せた。


「栞、次からはちゃんと朝ごはん食べるんだぞ」

「はい」

「次からはちゃんと前の夜は眠るんだぞ」

「……はい」

「次からは迷子にならないようにずっと手を握っていろよ」

「はいっ!」


答えた栞は、嬉々として祐一の手を握った。

手の平から伝わる温もりが心地いい。

手を繋ぐ、ただそれだけの行為でさえも栞にとってはとても安心ができた。


「俺が色々な所に連れてってやるから」

「えっ?」

「ジェットコースターに乗るためにだけじゃない、この先もっとたくさんの楽しい場所に俺が連れてってやるから」

「あ……はいっ!!」

「これからは俺が……もっとたくさん、それこそ飽きる位に幸せな時間を栞にあげるからさ」


そう言った祐一は恥ずかしかったのか窓の向こうを見ていて、栞からはどんな顔をしているのかが分からなかった。

きっと物凄く、顔が赤いのだろう。

もっとも顔が見れたとしても夕陽のせいだとも言われかねないが、


「祐一さん、こっち見てください」

「いやだ」


それでも祐一の顔を見たいと思った。

祐一の反応に栞はクスクスと笑い、握っていた手を離して祐一の左腕に両腕を絡めた。










ゴンドラが天辺に来た頃、空はオレンジ色から深い暗い青になり始めてきた。

空にはぽつぽつと星が小さな輝きを放ち始めている。


「日が……沈んでしまいますね」

「そうだな」

「観覧車の天辺で夕陽が沈んでいくなんてやっぱりドラマのワンシーンみたいです」

「前にも聞いたな。じゃー今回はどういうシーンなんだ?」

「今回もありきたりですけど、やっぱりキスシーンです」


そう言ってはにかむ栞と、そんな栞を見て「そっか」と穏やかに笑う祐一。




数瞬の穏やかな沈黙の後に、二人の視線がぶつかった。




それを合図に、祐一が栞の頬に手を当てる。




栞はくすぐったそうに目を細め、そのまま目を閉じた。




そして栞に合わせるように祐一も目を閉じる。






そして……二人の唇の距離を────零にした。









空には、まるで二人を照らさんとするように星空が瞬き始めていた。










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