春原のジーパンにしがみ付いている女の子──。
年は二歳から三歳くらいだろうか。
一人で歩くにはまだ危なっかしい雰囲気が残っている。
所々黒く薄汚れたところが際立つ白のトレーナーに、赤いチェックのスカート。
髪ゴムで結わいていると言っていいのか分からないような留め方をされた髪。
そして何より印象的なのが、見知らぬ人々に囲まれているからなのか、怯えを宿したビー玉のようにクリッとした目。
そんな子を連れて、ウンザリした顔で春原は立っていた。
「お前……さすがにそれは──」
「陽平。あんたやっぱり……。悪い事は言わない。早く警察行くわよ。っていうか、力ずくでも連れて行くから」
「春原さん……どうしてこんな事……」
「春原さん、わたしが代わりに人質になりますから──」
「第二百二十四条、未成年者略取及び誘拐。未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。春原くん……ばいばい」
「あんたらほんと好き勝手言ってくれますね……。というか二人はいつも通りとして、他の人たちが普段僕の事をどんな目で見てるか分かった気がするよ」
明かされた友人の建前のない率直な態度に肩を落とす春原。
そんな春原をよそに、杏は女の子へと優しい口調で手を差し伸べた。
「ほら、いい子だからこっちにおいで? そんな馬鹿の近くにいたら頭が悪くなっちゃうわよー?」
数秒ほどその手を見つめる女の子。
しかし、次の瞬間。覚束無い足取りで春原の影へと逃げ込んでしまう。
そしてぎゅっ、と春原の服の裾を握ると、
「パパ……」
薄っすらと目元を濡らして、そう呟いた。
「「「「「………………」」」」」
先ほどとは違った沈黙が辺りを支配する。
誰もが同じ事を思い、視線が同じ場所へ集中する。
「な、なんだよ……。って、あーもう離せって。なぁ、ちょっと本当にこれどうにかしてよー」
春原は春原で本気で困っているのだが、この状況で春原の声に応える奴は…………おそらくいない。
第六話 とある春休みの出来事 −後編−
巨大デパート三階の一画。
そこにある広い空間には、白い机とそれを囲むように置かれた二対の椅子のセットが多数あり、その奥壁には飲食屋が所狭しと連なっている。
子供の泣き声と、その母親たちの世間話、学生たちの笑い声、時々聞こえる迷子のお知らせの音声。そんな喧騒を最近の流行の音楽が彩る憩いの場。フードコート。
そんな春休みの騒がしい空間の片隅に、俺と春原は腰を落ち着けていた。
「で? 結局どうするわけ?」
「僕に言われてもねぇ……」
向かい側に座っている春原は、目を細めて隣にちょこんと座っている女の子を一瞥した。
目の前で困惑している高校卒業したばかりの若者に気を遣えるわけもなく、ただ与えられた飴を一生懸命に口の中で転がしている。
つい十分前──。
こういう場合は迷子センターに預けるべき、という杏の言葉に従って迷子センターに向かった。
しかし、いざ迷子センターに預けて離れようとすると「パパ、パパ」と大声で泣き始め、収拾がつかなくなってしまったのだ。
無論、そのまま離れてしまえばいいのだが、正義感の強い杏からすれば泣いている子供を放っておくのは我慢ならなかったのだろう、ここで親を待つと言い始めたのだ。
さすがに俺たち(特に春原)はその考えに頷かなかったのだが、杏は折れる気配がない。
そんな時に店員から提案されたのが、店内放送で呼びかけるから親御さんが来るまで一緒にいてみるのはどうかというものだった。
杏はその提案を躊躇なく受け入れ、杏の意思は固くてどうする事もできないことを悟った俺たちは渋々頷く。
その後、なんとか泣き止ませて聞き出した情報は「リカコ」という女の子の名前だけだった──。
「お待たせー」
背後に杏、椋、古河とことみの四人が昼ご飯を乗せたトレーを持って立っていた。
どうやら椋が持っているのはサンドイッチのセット二つ分。ことみが持つトレーには焼きそばといくつかのパン。
とりあえずここを動くなといわれた春原と俺の分の『王道ラーメンセット』は、古河と杏が持っていた。
「何の話?」
「いや、やっと大人しくなったと思ってな」
差し出されたトレーを受け取り、さんきゅ、と言うと、杏はふーんと呟いて隣に腰を下ろす。
「それで、リカコちゃんこれからどうするの?」
「さて……な」
春原以外の全員がリカコへと視線を投げると、視線に気付いたリカコは首を縮めてこちらを伺い見る。
未だに俺たちに慣れないのか、怖がっている感じだ。
唯一コミュニケーションを取れている春原は、自分には関係ないと言わんばかりに白米を頬張っている。
「こら、あんたが一番に考えなくてどうすんのよ?」
杏が春原へ一喝すると、春原は心底めんどくさそうな目を杏へ放ちながら口を開いた。
「あのね。あのまま迷子センターに預けてさっさと立ち去ればよかったのに杏が駄々をこねるからこんな事になったんだろ。つまりお前のせい。僕には関係ないね」
声のトーンが低く、しかめっ面で不機嫌そうなオーラを放ってはいるが、頬に米がついている。
こいつはオチをつけないと気が済まないのか?
しかし、春原の視点ではなるほど、納得できそうな反論。
対する杏は、口元を引きつらせ「そ、そう。は、はは……」と笑っている。が、テーブルの下で握りこぶしを作っているのが分かった。隣に座っていると結構腹に据えかねる事が分かる。
こういう場合いつもは先に手が出る杏が動かないのはおかしいと思ったのだが……すぐに予想がついた。
おそらく、子供の前でキレるわけにはいかないのだろう。
きっと先ほど避けられた事をまだ気にしているのかもしれない。
「なに、正論言われて何も言い返せないの?」
反論してこない事を良い事に、春原はここぞとばかりに攻撃をしかける。
杏が何も言い返してこないので、論破したと思っているのだろう。
ラーメンの汁を口元に残しながら、にやりと口元を歪ませた。
「おい、やめとけって」
「いや、やめないね!」
これでも二年ちょいの付き合い。
この先の結果が分かっているだけに、これ以上続けても意味も、新鮮味も、面白味もなんともないのが分かるので一応諌めはするが、本人は至ってやる気だ。
「あ、あのっ! リカコちゃんは私達に会う前はどこにいたんでしょうか?」
そんな空気の中、古河が恐る恐る口を開いた。
はぐれた場所から親をを探そうと言う事だろうか。
とりあえず迷子センターの人も親が駆け込んでこないと動けないのは確か。
その証拠に、店内音楽が一区切りすると迷子になったリカコの親を呼び出すアナウンスが未だに流れている。
「ほら、早く聞きなさいよ」
「なんで僕が。嫌に決まって──」
「春原さん、お願いします……」
折角のチャンスを逃すまいと、杏の言葉に耳を傾けようとしない春原の言葉を古河が遮った。
どうやら古河もこの迷子の親を捜す決心をしたらしい。パンを抱えながら頭を下げていた。
予想外の展開に、ポカーンとしていた春原だったが、
「はぁ〜分かったよ。渚ちゃんにそこまで言われて邪険扱いするほど器小さくないしね」
「ありがとうございます!」
渚の嬉しそうな礼に春原は気分よさそうにして、最後の一口を喉の奥へと飲み下すと、リカコへと顔を向ける。
「おい、お前。さっきまでどこにいたんだ?」
「ちょっと、もう少し分かりやすく言いなさいよ」
「…………。おい、お前僕にくっつく前はどこにいたんだよ」
「もっと優しく言いなさいよね!」
「あのさ──」
事あるごとに文句を言う杏。その様子はもはやクレーマー。
春原の一挙手一投足に文句をつけるだろう。ここでさっきの憂さを晴らしているのかもしれない。
苛立つ春原が、文句を言おうとしたとき──女の子が動いた。
「ん? なんだ?」
「えっと……うえ……という事でしょうか?」
幼く小さくて頼りのない指が指した方向は真上を指していた。
◇ ◇
「本当にこんな所にいるのか?」
リカコの指し示した場所。屋上へと俺たちはやってきた。
エレベーターから降りてすぐ目の前には屋外への入り口があり、その扉の陰には紙コップの自動販売機がある。
近くの椅子と机で小学生くらいの子供たちが何かのカードを使って遊んでいる。
一歩踏み込み、辺りを見渡せばパンダやライオン、ウサギなどのワンコイン入れれば3分ほど動きそうな乗り物がたくさん置いてあった。
「ここにいたのか?」
春原の問いにリカコは遠慮がちに小さく頷いた。
「リカコちゃんはここで何してたの?」
しゃがみ込んで、出来るだけ優しい声で接する杏。
その姿は今まで見たこともない程に、優しさに満ちている。
俺にはそんな目したことないのになぁ、なんて事を考えながら一人端のほうにあるフェンスへと静かに移動した。どうせ俺は傍観者だ。ずっと一緒に行動しなくてもいいだろう。
少し錆の混じった緑色の柵の奥に広がる周りの景色は『都会』と言っても差し障りないほどに栄えていた。
俺はそんな都会の彩色へ目を向けることなく、空を見上げた。月並みな言葉だが、青い空と所々に散った白い雲がどこまでも広がっている。
身を貫く冷気もすっかり鳴りを潜めたと確信できるほどに、屋上には緩やかな風が吹き、温かな日差しが降り注いでいた。
ここに来るまでは気にしていなかったが、今日もいい天気だ。
「ヤダヤダ!! もっと乗りたいー!!」
「今日はもうお終い。ほら、ママが下で待ってるから」
「ヤダ! ヤダ!!」
今にも泣きそうな叫び声とそれを嗜める声が、少しだけ緩んだ空気に浸っていた俺を現実に引き戻す。
声のする方へ振り向くと、子供の駄々に困り果てたのだろうか、父親の方は困ったなぁ、と頭を掻いていた。
「ほら、早く行かないとママが心配するよ?」
「だってお父さんがこれに乗って遊んでて良いって言ったんだもん!」
「ママの買い物が終わるまでって約束だっただろう?」
「ヤダ! まだ帰りたくない!」
よくある子供の我侭。
子供の言い分はあまりにも身勝手すぎて嫌気が差してくる。
俺は見て見ぬ振りを決め込んで、杏たちの所へ戻ろうと踵を返した──その瞬間、同じように杏が子供の所へと踏み出していた。
おそらくこの親子の様子を杏も見ていたのだろう。
「ぼく、お父さんを困らせちゃダメでしょ?」
あくまで優しく、声をかける杏。
その笑顔はやっぱり先ほどと同じように、柔らかい。まるで────小さな子供を優しく諭す母親のよう。
そんな光景を黙って見守っていると、ふと思い出す言葉があった。
──普通に幼稚園の先生よ──。
いつか聞いた杏の将来の夢。
なるほど。リカコに拘り、この子供にも肩入れする理由が少しだけ分かった気がした。
「どうもありがとうございました」
「お姉ちゃん、ばいばーい!」
ボーっと考え事をしているといつの間にか説得が終わっていて、駄々をこねていた子供は父親と共に帰っているところだった。
親子の背に手を振っていた杏は、やがて親子の姿が見えなくなると何事もなかったかのように戻ってくる。
「ごめんね、待たせちゃって」
「お姉ちゃん、凄いね」
「杏ちゃん、格好良かったです!」
「杏ちゃんとってもとっても優しいの」
「あんな親子放っておけばよかったのに。結局見つからないじゃんか」
口々に杏の行動に感想を言う中、春原は少しだけ拗ねている様だった。
「朋也もごめんね?」
別に大した事じゃないのだが、こういう時に気を遣えるのがこいつの良い所なんだろう。
そしてここは周りがやっているように素直に褒める所なんだろう……。
「気にするな」
でも、俺はそういう風に言うのが精一杯だった。
「ん?」
ふと、何かに気付いた杏がしゃがむ。
「リカコちゃん、どうしたの? あたしの顔に何かついてる?」
どうやらリカコは春原の陰から杏を見ていたらしい。
何かあったのだろうか。
少しだけ躊躇いがちに目を伏せたリカコは何かを決意するように、ポケットに手を入れて迷子センターでもらった飴玉を取り出した。
口の中に飴がなくなったのか、と全員が思った時──リカコの手はそのまま杏へと手を向けられた。
「……え? もしかしてくれるの?」
小さくコクリ、と頷いて応えるリカコ。
これがどういうことか。あまり子供に馴染みのない俺でも意味は分かった。
「……ありがとう」
戸惑った顔を笑顔に変え、小さな手から飴玉を受け取った。
そしてそのまま、リカコはそのままジーっと杏を見ている。
その態度が何を示しているのか、杏はすぐに勘付いたようで飴玉の包みを開けると、中身を放り込んだ。
「うん、美味しい」
杏の言葉に頷くように、リカコが初めて杏に微笑んだ。
◇ ◇
その後、屋上から一階ずつ降りて見回したが大きな手がかりもなく、俺たちはまたファーストフードに腰を落ち着けていた。
「これからどうしようか?」
「どうしましょう……」
「神頼み?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ことみの一言にみなが黙ってしまう。
ここを後にしてからすでに二時間が経過していて、本当に神頼みしかないのではという気持ちにさせられる。
「ねぇ、神に頼む前に頼める人がいるんじゃない?」
そんな重苦しい雰囲気を打開するように、春原はニヤリ、と口元に笑みを浮かべる。
「どういう事?」
「どういう事だ?」
俺と杏が同時に口を開いて、驚きの眼でお互いを見る。
春原はそんな俺たちを視界に入れ、呆れを含んだ視線を向けながらも話を進めた。
「椋ちゃんに占ってもらえばいいんじゃん? クラスでは人気になるほど当たってたんでしょ?」
「えぇっ!?」
椋の上擦った言葉を耳に入れ、俺と杏は再度視線をぶつけ合わせた。
なるほど、その手があったか、と。
「藤林!」「椋!!」
またも同時に椋へと声をかける。
春原は付き合いきれません、というようにため息をついた。
さすがに俺もちょっとできすぎかと思ったので、黙ることにする。
あとは杏が事を運ぶはずだ。
「椋、お願いできる?」
真剣な杏の言葉に、椋は静かに頷いた。
膝に置かれていた小さいカバンから取り出したのは一つのケース。
俺はそれに見覚えがあった。
いつか杏が買い、俺からのプレゼントとして渡したタロットカード。
椋と別れた際、このカードについての真実を伝えると、『なら、二人から贈って貰った大切な物ですね』と言って使い続けていたのだ。杏にその後なぜか殴られたが。
夏休み以降、周りが本格的に受験に向き合うようになったからか、占いをする人が減ったのか、タロットカードを教室内で広げている姿を見なかったが、それを今も使い続けてくれていた事が少しだけ嬉しかった。
「では……始めます……」
椋はそう口にすると、緊張した空気を背後に纏ってカードを切り始めた。
ぎこちなくもある程度切り終わると、一枚、また一枚とテーブルにカードを裏にして並べる。
やがて横一列に四枚のカードを几帳面に並べて置くと、カードの束を脇へ置いた。
椋は小さく頷き、置かれたカードに手を伸ばす。まずは一枚目。
裏返った絵柄をじっと見つめて、手を顎に当てる。
その様子を見て、やっぱりこいつらは双子なんだな、なんて事が頭の中を過ぎる。
続けて一枚。さらにもう一枚。
そして、最後の一枚をめくると、椋は何も言わずに目を瞑った。
その場を支配する緊張感に圧迫され、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる。
全員が椋を見つめ、紡がれる言葉を今か、今かと待ちわびている。
やがて──、目を開ける椋。占いの結果が舞い降りたのか、頭の中で完成したのか、椋は静かに口を開いた。
「リカコちゃんの親御さんは……じっと待っていれば……この建物で……見つかる…………と思います」
カードを凝視しつつ、真剣な眼差しで椋は占いの結果を告げた。
「そ……そうですか! きっと迷子センターの人たちが見つけてくれるんですよ!」
「じゃーずっとここにいろって事? なんか暇潰せないの?」
「う、占いは占いですから、当たるかどうかは……」
「またまた謙遜しちゃってー!」
解かれた緊張にみなが安堵し、渚が嬉しがり、春原が椋に軽口を言う。まるで押えつけられていた力から開放されたバネのよう。一気に緊張感がなくなり、周りの空気が軽く、ゆるくなったのを感じる。
しかし、占いの結果を聞いて、心が晴れない奴が二人。俺と杏だ。
周りの空気に紛れて目を合わせると、どちらともなしに頷く。
この占いの意味するところは、二人ともよく分かっていた。
藤林椋の占い。『絶対に外れる』ある意味特殊な能力。
その占いで『ここにいる』と言えば、この子の親はこの建物にいない、という事になる。
そして、ここでじっと待っていても、親御さんは来ないという推測が成り立つのだ。
「助かったわ、椋」
占いの結果に満足した杏は、右手を顎に当てた。
おそらく、なんとかこの建物から出れないかを思案しているのだろう。
そして──。
「あたしちょっと用事思い出した! カメラ屋さん行ってくるからさ、みんなちょっとここで待っててくれないかな? じっと待ってれば来るみたいだし、ねっ?」
「え? カメラ屋さん?」
杏の言葉に不思議な顔をする面々。
椋の言葉につられるように、全員の視線が杏に集中した。
「うん、卒業式に撮った写真を現像に出さないと!」
言うが早いか、杏は立ち上がり支度を始める。
「何も今行かなくても……」
「俺も付き添うわ。行ってもいいよな?」
すでに杏の目的は分かっている。
手分けするなら一人より二人の方がいいだろう。
「……あぁ、そういうこと。ごゆっくり〜」
春原が俺と杏を見て、なにやら分かったように余計な事を言っているが気にしない事にしよう。
「ちょっとお姉ちゃん出かけてくるから、大人しく待っててねっ?」
寂しそうな視線を送っていたリカコの頭を撫でる。
「あと陽平。逃げたらただじゃおかないから」
背後に着く悪霊がいなくなったと言わんばかりに嬉しそうな顔をしている春原に、杏は一言念を押す。
「わ、分かってるってば」
そして俺たちは、早足にその場を後にした。
◇ ◇
「さて、どうする?」
デパートを出て少し歩いた所で俺と杏は足を止める。
「んー、とりあえず駅前の交番に行って迷子を探してる親がいないか聞いてみる」
「了解」
デパートに置き去りにしてるのに? とは思いつつも杏の言葉に従う。
いつもは結構冷静に物事を判断している杏にしては少し珍しかった。
多分、そうしないと不安なのかもしれない。
「っと。その前に写真屋さんにいかないとねー」
「本当に行くつもりだったのか」
「当たり前でしょ? あたし、嘘は言わないんだから」
そっぽを向きながらの反論、色々突っ込みたい所はあるが見なかった振りをするに限る。
「あーそうだったな」
「分かればいいのよ。えいっ!」
「おっと」
何が嬉しいのか、いきなり杏が腕を絡めてきたので、慌ててバランスを取った。
杏の温かさと共に伝わってくる甘い香りが、優しく鼻をくすぐる。
「いきなり危ないだろ」
「大丈夫、大丈夫!」
「お前が決めるなよ……」
そして俺たちは近くにあった写真屋に現像を渡し、リカコの親の捜索を始めた。
「さて、探してみますか! とりあえず……あっち行ってみよう!」
絡めていた腕も写真屋にフィルムを預けたら解かれていた。少し寂しい気もしたが、今は仕方がない。
「ここいいないかしら?」
そう言っては店に入って行き、
「それらしい大人はいないみたいね……」
俺の元へと戻ってきてため息をつく。
幾度かそんな事を繰り返しているうちに、オレンジ色の夕焼けが空を支配し、青い空を地平線の彼方へ追いやっていた。
「そろそろ戻らなきゃね」
さすがに疲れたのか、杏の顔は曇っていた。
無論、疲れだけと言うわけではないが。
「きっと見つかるさ」
「……」
「な、なんだよ」
何か言いたげな杏の視線に少しばかり戸惑う。機嫌が悪くなったと思うのは俺の気のせいなのだろうか。
「ううん…………なんでもない」
本当に、何かしたのだろうか?
◇ ◇
「ねぇ、あれ陽平じゃない?」
「ん? 本当だ。あいつ何してんだ?」
探し回っているうちにデパートの裏側に出てしまったので入り口の方へと向かっている途中、見たことある金髪がパチンコ店から出てくる姿が見えた。
「まさか……あれだけ念を押したのに脱走するとは……いい度胸じゃない……お灸を据えて──」
「いや、ちょっと待て。杏」
鼻息荒く、今にも罰を食らわさんと意気込む杏を静かに嗜める。
「何よ。あんたまさかあいつを庇うわけ?」
「落ち着けって。あいつ本当に春原なのか?」
「はぁ? 何言ってるの? あいつが陽平じゃないなら誰だって言うのよ!」
激昂する杏の声を遠くに、俺は少し考えを巡らせた。
後姿は確かに春原なのだが、いかんせん先ほどと服装が違っている気がする。無論、春原の着ているものを逐一覚えているわけではない。なんとなくだ。
それにパチンコ店から出てきたというのも少しだけ気になる。
いつか商店街でパチンコ屋を通ったとき、『あんな儲かるかも分からないものに金を使うくらいなら、ゲーセンに行って楽しく過ごすねっ!』と言っていた気がする。
とにかく目の前にいる春原らしき人物から違和感を覚えたのだ。
「まさか……」
春原に似ている後ろ姿。
迷子だったリカコという子が春原にくっ付いてきた事。
屋上で一人放置されていた理由──。
絡まっていた糸が解けるように、もしかしてという言葉よりもまさか、という気持ちの方が強くなってくる。
「どうしたのよ? 朋也」
俺の態度を不思議がって、俺の顔を覗き込んでくる杏。
どうやらまだ気づいていない様子だ。
「あいつ……迷子の子の親なんじゃないのか?」
「え? そんなまさ──」
指で示した先にいる金髪の頭。それを見て性質の悪い冗談だと思ったのだろうか、杏は金髪頭の方へと向き直ると、顎の下に手を当てた。
俺は手ごたえを感じる。おそらく杏も同じ結論に至るはずだ。
「もしかして……とりあえず、確かめるわよ!」
顔を上げた杏の顔は少しだけ怒気が混じっているような気がする。
俺は杏の言葉に頷き、それが合図だったかのように走り始めた。
「あの、すみません!」
声をかけながら、先を歩いていた金髪の人に追いつく。
「あ? なに? 俺に何か用かよ?」
振り向いた金髪の人は、後姿が春原に似ていたが正面からの顔はまったくの別人だった。
目元は黒ずんで、頬は痩せこけ、無精髭が生えていて、お世辞にも健康とは言えないような人相をしている。
「なんだよ。あ?」
明らかな敵意を持って、そいつは俺たちを威嚇する。
しかし、そんな態度に怯むような杏ではない。元々が春原っぽい奴だからだろうか、逆にいきなり殴り飛ばしたりしないかの方が心配だ。
「人違いでしたら謝ります。失礼ですが、今お子さんを捜していませんか? リカコっていう子を」
俺の心配も杞憂に終わったかと思えば、カーブもフォークもない直球ど真ん中の質問をぶつけた。
「リカコ? うちのガキがどうかしたのか?」
やっぱり、という思いで、その人を伺い見た。この人がリカコの父親だ。
長い時間をかけて見つけた探し人。普通なら喜べるはずの場面だったのだが、俺には見つけた安堵感が広がることはなかった。
どちらかと言えば、不信感のほうが強い。
それは目の前にいる父親が持っているものが原因だと思う。
乱雑に嵩張ったビニール袋に入っているのは、タバコと酒。
それを見て、俺は直感的にこいつとは反りが合わないと感じた。
「リカコちゃん、迷子になってたんです。今は、あたしの友達が一緒にいます。一緒に来てもらえませんか?」
「はぁ? あのガキ、大人しくいろっつったのにウロチョロしてたんかよ。ったくだりぃ奴だなー」
目の前の男は頭を掻きながら、本当に迷惑そうに呟いた。
建前でも、自虐でもなく、本心からそう言っているのだと確信できる。
なぜかは分からない。分からないけど、反りが合わないと思った以上に、憎しみの感情が強くなっていっている気がする。
「…………表の通りにあるデパートの三階です」
杏の顔に感情はない。それが今怒りを抑えているのだと分かる。
初めて見た子供と、初めて見たその親。
二人の間に何があったかは知らない。しかし、目の前にいる親は親としての責任を全うしていない気が──。
「──あ」
目の前に火花。いや、落雷か。頭の中にある電気回路が一瞬だけ、全て光った気がした。
分かった──いや、分かって気付いたのだ。
「朋也? どうかしたの?」
目の前を歩いていた杏が振り返る。
直前まで怒りの為に無表情だったのに、今は表情から感情が読み取れた。
「いや、春原に謝らなきゃな。お前、あいつが逃げたと本気で思ってたんだから」
「あれは──…………分かったわよ」
否定をしようとしたが、本当にそう思っていたようであっさり折れた。
少しだけ頬を赤くして、前を向く。本当に悪いと思っているんだろう。
──そう、心配されるのは俺じゃなくていい。
杏個人としても一刻も早く、リカコの元へ行きたいと思っているはずだ。
だが、リカコの元へ行って、こいつに引き渡して…………そして、どうするのだろうか。
このままだとまずい事になる気がする。しかし、今はどうすることも出来ない。
一抹の不安を覚えながらも、俺は杏の背中を追った。
◇ ◇
「パパーパパー!」
三階のフードコートに到着した俺たちを出迎えたのは、少し涙目になっていたリカコだった。
その後ろに椋、古河、ことみと並んでいた。
「お姉ちゃん! 見つかったんだね!」
「あぁ、うん。それよりもリカコちゃんどうしちゃったの?」
「それが──」
「こんのガキ! なんで言われたとおりの場所にいないんだよ!」
椋の説明を遮る様に、リカコの親の怒声が聞こえた。
そしてすぐにリカコの鳴き声とも悲鳴とも似つかない声が耳を劈く。
その声に驚いて振り返ってみると、リカコの結んだ髪を親が引っ張っていた。
「ちょ──何してるのよ!!!」
状況をいち早く察知した杏が怒りの剣幕で二人の下へと駆けつけた。
そして掴んでいた親の手を叩き、リカコを抱えて睨み付ける。
まるで我が子を守る母親のような行為。その行動に誰も反応できず、言葉を挟むことも出来なかった。
「ってーな。うちの教育方針にケチつけてんじゃねーよ」
叩かれた手を見て、次に杏を睨みつける父親。その視線に怯むことなく、杏は睨み返した。
「弱い子供に手を上げる教育方針なんてあたしは認めない!!」
「はぁ? てめーに認めてもらわなくてもかんけーねーんだけど。ってか何様? お前」
明らかな敵意と敵意がぶつかり、気付けば、フードコード中の視線を集めていた。
杏の腕の中では、リカコが未だ泣いている。
「何様でもなんでもないわ! あんたそれでも本当に親なの!?」
「あー。残念ながら親だ。だから早くそいつ返せ」
「残念ながらって──」
「お客様、どうかしましたか!?」
騒ぎを見た周りの客が呼んだのだろうか、店員がこちらへ駆け寄ってきた。
「いえ、何でもないですよ。店員さん。ただ、この子がうちの子供への教育を認めないと妨害してくるだけなんで」
「あんな暴力教育じゃないわよ!」
「とにかく、ここでは他のお客様の迷惑になりますのでお話は事務室の方で伺います。よろしいでしょうか?」
リカコの親は忌々しげに、杏は不安そうに店員の言葉に頷いた。
◇ ◇
事務所でそれぞれの言い分を主張して、解散になった頃には外はすっかり暗くなっていた。
あの後、店員を交えて話をした。
結果は……案の定、口頭での『お願い』で終わった。『注意』ではなく『お願い』。
それも、店内で他の客に不快感を覚えさせるような行動はしないでもらえるとありがたい、という事だった。
店内で揉め事を起こした場合は事務所へと連れて行くというマニュアルに従っただけなのだろう。
問題解決を図ったものではないのは分かっていた。
そして、この結果に杏が納得するわけがない。だが、事務所で争っても店に迷惑をかける事になってしまうので渋々店員の言葉に従ったのだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「結局何があったのさ」
バス停の前で帰りのバスを待っていると、異様な空気に耐え切れなくなったのか春原は口を開いた。
つい先ほど合流した春原は、苛立ちを頂点に迎えた杏の八つ当たりを食らったのだ。理由くらい聞いてもいいかもしれない。
「リカコの親がちょっと……な」
あまり直接的に言うと、杏の怒りが再発してしまう可能性があるので、俺は慎重に言葉を選んで、説明をした。
「あー親ね。無事に引き渡したんでしょ? ならいいじゃん。でも、僕に似てるとか一回見てみたかったなぁー」
「あんたをその顔に変えてあげようか?」
「い……いえ、遠慮しておきます」
地獄の底から這い出た閻魔大王のように低く、重圧のある声に春原はただ怯えた。
春原に顔が似ていることで、今の言葉が冗談に聞こえないのがまた恐怖を加速させる。
「でもさー、杏の言うことは分かるけど、他の親の教育方針に口を出しても仕方ないことなんじゃないの?」
「…………冗談にしては笑えないわね。本気で言ってるならあんた埋めるわよ?」
余程この件に苛々しているのだろう、杏の視線が今にも殺さんとばかりに春原に向けられる。
しかし、なぜか春原は今度は怯まなかった。
「いや、これは本気だよ。考えてもみなよ。デパートでなんだかんだ言い合おうが、結局家に帰れば親の自由にできるんだよ? それはどうするのさ。家で暴力を振るわれている子供を守ってやれんの? 無理でしょ」
「──っ!!」
「だいたい、他の家にはそれ以上に酷い親子だっているんだし、目の前で子供が暴力を振るわれたからって──」
「うるさいわね!!! 分かってるわよ!!!!」
春原の言葉に耐え切れなくなったのか、杏はその場から走り出してしまった。
「杏!」「お姉ちゃん!?」「杏ちゃん!?」
人々の雑踏に紛れて行く後姿。声に出して名前を呼ぶことは出来たが、その姿を追いかけることは誰も出来なかった。
やがて杏の姿は街中に消えてしまう。
見えなくなってから、俺は追いかけなければと気が付いた。
こうなる事は分かっていたのに……。春原が言うとは
しかし、春原にも一言言っておきたかった。
「おい、春原。言いすぎだぞ!」
「……悪い。でもさ、杏みたいな偽善ぶってる奴ってムカつくんだよね」
「──!!」
春原から放たれた意外な言葉。
そう言い捨てた春原の顔は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
過去に何かあったのだろうか、今それを知る術はないが、とにかく今は杏を追いかけるべきだ。
「俺は杏を追いかける。藤林は悪いが荷物を家に持って行ってくれ。俺は家を知らないし、一人で行っても不審がられるだけだ。とにかく家に連れて帰るから心配するな!」
戸惑い気味だった椋に言葉をかけると、ハッとして、
「……分かりました。お姉ちゃんをお願いします」
俺の言葉に力強く頷いてくれた。
「春原、俺の荷物持って行けよ」
「…………へいへい。分かりましたよ」
春原の少しだけ面倒そうな返答を聞いて、俺はその場を後にした。
探すといってもここはあまり馴染みのない都会の街並み。
無闇やたらに探し回れば見つかるものではない。
春原の言葉に逃げ出してしまった杏。それだけ正論で、自分でも分かっていた事だったんだろう。
リカコが少しでも心を開いてくれたのだから、杏にとってそれは守りたいと思う動機になるはずだ。
それを否定され、あまつさえ自分が目を背けていた事を目の前に突き付けられたら……。
「──もしかして」
そこにいる確信はない。
だが、いるとしたら一番高い可能性が高いと思った。ただそれだけ。
ならば迷う必要もない。
俺は心当たりに向かって走り出した。
◇ ◇
「杏」
三月とはいえ、夜になればまだまだ肌寒い空の下、力なく座っている杏を見つけた。
デパートの屋上、杏がリカコに飴玉を貰った場所──そこに杏はいた。
「…………何しに……来たのよ」
少しだけ声高になっている杏の声。
髪が乱れ、顔を隠して蹲っている所を見ると、泣いていたのだろうか。
「お前を探しに決まってるだろ。ほら、そんな所に座ってると怪しまれるだろ。そこにベンチがあるんだからそこに座ろうぜ」
「……うん」
杏を立たせ、ベンチに座らせる。
ただそれだけの行動で、杏が痛々しく落ち込んでいるのが分かった。
「なんか飲むか?」
「いい」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
ここで励ませる様な気の利いた一言が言えればいいだが、あいにく俺にはそんなスキルはない。
ただ、杏の気持ちが落ち着くのを待つだけだった。
その甲斐あってか、数十分後に杏が口を開いた。
「朋也も……陽平と同じ事考えてる? あたしって都合のいい事言ってる我侭な女だって」
「俺は……──」
思わない、と口にしかけて迷った。
杏はこんな同情を良しとする奴じゃない。真っ向から意見を言ってぶつかって、理解しあえる奴じゃないか。言いたい事を言わずに、だらだらする方がお互いの為にもならない。今までがそうであったように──。
そう決心すると、俺は言葉を続けた。
「正直、あいつの親を見つけた時、こうなるんじゃないかって思ってた」
「え?」
「子供を放置して、パチンコ屋から出てきて、手に持っているのは酒や煙草……ろくな奴じゃないと思った」
「それは……」
「あの時、お前も結構怒ってたと思ったんだけど、表に出さなかったよな。凄いと思ったんだよ」
「だって、あの時言いたい事言ったらますますリカコちゃんの所に戻る時間がなくなっちゃうじゃない」
「そう、杏がリカコを優先に考えてたからその時に思ったんだ。『この親が子供に接する態度を見たら、杏は衝突するかもしれない』って」
「…………」
「そして案の定、杏はあいつに文句を言った」
「…………それが余計な事だったって言いたいの……?」
「いや、余計じゃないさ。聞くけど、自分が取った行動に後悔はないんだよな?」
「当たり前じゃない!!」
「なら、いいじゃないか、それで」
「朋也……」
「少なくてもあそこで父親に歯向かった事で、リカコを庇った事で、リカコは自分が一人じゃないって事を感じたはずだ」
「そう…………なのかな」
「自分を守ってくれる人がいる。それはきっと前向きに頑張れる、立ち向かえる支えにはなるはずさ。……辛い事から逃げ出すことより…………よっぽどいいよ」
「うん……そうだよね。逃げ出すのはよくない……もんね……」
「そう、リカコの味方になれた事をポジティブに考えないでどうするだよ」
「でも家で暴力を振るわれるって考えると──」
「暴力を振るわれる事よりも…………相手にされない方が辛いこともあるんだけどな」
「──え?」
「あ、いや。放置されて寂しい思いをするより、親の愛の鞭があるけど親が傍にいた方がいいとは思わないか?」
「なに……言ってるの? 思えるわけないでしょ……そんなの」
「……だよな。とにかく、お前が心配してもしなくても、リカコは気持ち的にお前のおかげで心強くなったはずって事だ! 今はまだ辛いかもしれないけど、お前の事を思い出して暴力に屈しない強い子になるかもしれないんだから。そう思っておけ!! ほら、そんなしょぼくれた顔してるとリカコが逃げるぞ?」
「…………そうね、ウジウジしててもしょうがない……よね。しょうがないわねー。あんたの言う事、真に受けたって事にしといてあげるわよ」
そう言って杏は笑みを浮かべた。先ほどの沈んでいきそうな雰囲気が嘘だったかのように思える。
なんとか杏の気持ちを軽く出来たようで、俺は少しだけ心の荷が軽くなった。
「そうしといてくれ」
「あーあ。朋也に励まされるなんてあたしもまだまだよねー」
「失礼なことを言う奴だな。俺だってやる時はやるんだ」
「うん、知ってるわよ」
「………………ならいい」
どんなに励まして、ちょっと男らしい所を見せても、やっぱりこいつには口では勝てない気がした。
でも、これがこいつのコミュニケーションの取り方だと考えれば少し気が晴れる気がする。……ほんの少しだけ。
自分にそんな言い訳をしてる事に気付いて小さくため息をついていると、不意に杏が肩に頭を乗せてきた。
「……なんだ?」
「少しこのままでいさせて」
「誰か来るかもしれないぞ?」
「もうこんな時間だし、それに好き好んでこんな寒い場所に来る人いないわよ」
気付けば店内には閉館を知らせる音楽が流れている。
杏が俺の膝に手を置いてきたので、仕方なしにその手に俺の手を添える。
体が冷えているのだろう、小刻みな震えと冷たさが伝わってきた。
「なら、もう帰──」
「少しだけ」
「…………分かったよ。少しだけな」
杏の言葉に俺は仕方なく、そう答えた。
どうせもうすぐ閉館だ。そんなに長居することもないだろう。
「ねぇ。リカコ、強くなるかな?」
「なれるさ」
「幸せになれるかな?」
「きっとな」
「たまには……逃げてくれるよね?」
「お前じゃないんだから大丈夫だろ」
「もう……なによ、それ」
「でも、お前は逃げたんだから、春原に謝っておけよな」
「……気が向いたらね」
「あぁ、それでいいさ」
淡く瞬く星空の下、俺たちはそのまま閉館の時間まで、お互いの手を握り合っていた。
今日出会った小さな子供の事を振り返りながら──。
◇ ◇
その後、春原に謝りに行くと同時にあの時なぜいなかったかを聞くと、実は逃げ出そうとしてトイレに行き、出たところで大騒ぎになっている所へ野次馬根性で顔を出したら、杏達が争ってるのが見えたので逃走を思い留まったと馬鹿正直に語った。
そしてそんな馬鹿正直に白状した春原は、謝罪の後に拳を受けていた。
やっぱりこいつはオチをつけなければ気が済まないらしかった。
<< 第五話へ 小説置き場へ戻る 第七話へ >>
感想や誤字脱字等がございましたら、掲示板または作者宛てのメールなどで報告お願いします。
掲示板へ